「……さすがに駄目なんじゃないか」
「心配するな。迎賓館の管理は王家の影が任されているし、今は使われていない」
――王城に勝手に連れて行けないのは分かるが……
夜分遅くに、事情を兵に話して城門を開けてもらうのは難しいのも理解できる。今から城下町で宿を取るのは現実的ではないだろう。それにしても迎賓館に泊まるのは憚れるが……使用人や兵も王城に住んでいる場合、城外かつ敷地内で他に泊まれる所がないのだろうか?
「あそこだ」
「庭園からかなり近いんですね」
「あの庭園は我が国の自慢だからな。他国の要人に楽しんでもらえるように、迎賓館が近くに建てられた」
――尚更、俺達が勝手に泊まって良い場所ではない気がするが……。
違和感を感じつつニルに先導してもらいながら、迎賓館に到着した。
流石王城の迎賓館と言うべきか、重厚な石造りの館は圧巻だった。玄関前に聳え立つ、精巧な石細工を施された大理石の柱に目を奪われる。一国の王族を迎えても恥じない華美な外観に内心引くが、ここまで来てしまったらもう後戻りはできない。
ニルに案内されながら迎賓館に入ると、館の管理を任されているであろう使用人達が何人か玄関ホールで俺達を待っていた。
「アロア、久しぶりだな! 会いたかったよ」
「もう、三週間前に定期報告で王都に戻って来たばっかりじゃない」
「マールは元気にしているか?」
「元気が有り余ってるわよ、お父さんが帰ったって知ったら大変ね」
濡れた外套を脱ぎ、使用人に預けた直後ニルが一人の女性の元に駆け寄って抱きしめた。
「……あれが、ニルさんの奥様なのかな……?」
「……そうじゃなかったら大問題だろう……」
ニルから外套を預かった使用人がこちらに近づいてきたので、俺とヴァネッサも外套を脱いだ。何も言わずに外套を受け取った後、使用人が一礼をして静かに館の奥へと去って行った。
「この子達が新入りさん?」
ニルの抱擁から解放されたアロアと呼ばれた女性が、こちらに寄って来た。明るいオレンジ色の髪を結い上げ侍女の制服と思われる黒色のドレスを身に纏い、汚れの一切ない純白のエプロンを掛けている。
――ここ数日で見慣れてしまったが、こうやって見ると全身黒ずくめのニルの服装は場違い感が凄いな……
ニルもこちらに近寄り、顔のみ褐色の肌が露出している彼とアロアが横並びになったことで余計に対照的な服装が際立った。
豪奢な迎賓館の玄関ホールの中、礼服を着ていない自分も人の事を言えないかもしれないがニルの服装はあまりに目立ち過ぎている。王家の影らしさがあると言えば否定できないが、本当に隠密活動に向いているのだろうか?
――今後自分も着なければいけないのであれば、少し嫌かもしれないな……
「初めまして、私はアロアよ」
「ヴァネッサです」
「デミトリだ」
手短に挨拶を済ませ、にこにこと笑っているアロアがニルの方に向き直す。
「もう遅いし、二人を部屋に案内しても良いわよね?」
「ああ、そうしてくれ。デミトリ、ヴァネッサ、私は君達と一緒に転移した事について軽く報告を済ませたが、色々と片付けないといけない事がある。これから王城に向かうから、後の事はアロアの指示に従ってくれ」
ヴァネッサと共に頷くと、ニルが再びアロアを抱きしめた。
「また後で」
「後輩達の前では控えた方が―― しょうがないわね」
しばらく抱き合う二人を待つ事になったが、ようやくアロアを解放したニルが迎賓館を出て行った。
「それじゃあ、部屋に案内するわね」
――――――――
アロアの後を付いて行きながら、迎賓館の二階に上がった。そのまま幾らするのか想像したくもない高級そうな絨毯の敷かれた廊下を進んで行き、先程まで土の上を歩いていた靴で踏んでも問題ないのか肝を冷やす。
――使用人の住む館の一画にしては、豪華過ぎないか?
絵画が飾られ、煌びやかな装飾の施された廊下を歩きながら違和感を感じたが、疑問は口に出さなかった。迎賓館の見取り図でも見ない限り知り様がないが、この奥に使用人棟に続く道があるんだろう。
「今夜はここに泊まってもらうわ」
うわの空でアロアの後を付いて行っていると廊下の端まで辿り着き、アロアがそこにあった扉を開く。そのまま扉の奥に消えて行った彼女の後を追うと、部屋の内装を見て驚く。
「すごいでしょ? 流石に貴賓室には泊めてあげられないけど、来国した要人の従者向けの部屋だから過ごしやすいと思うわ」
「ちょっと、豪華すぎて……」
「逆に落ち着かなそうだな……」
「そう言われても困るわね。ヴァネッサ、ちょっとこっちに来てくれる?」
――何のつもりだ……?
「取って食べちゃうわけじゃないから、身体強化を解いて。少し話したいことがあるだけよ」
無意識に身体強化を発動していたみたいだが、それ以上にアロアに身体強化を発動した事を指摘された事実に驚く。
ヴァネッサが少しだけ迷った後、アロアに近づいた。アロアがこちらに聞こえないように、静かにヴァネッサの耳元で何かを囁いている。
「お言葉に甘えて、ここに泊まらせてもらいましょう」