見知らぬ神々に心の中で愚痴を溢しながら立ち上がり、聖堂を後にして教会の出口で待つジュリアン達と合流した。
――イヴァンもルーベンも、顔色が悪くないか……?
ルーベンは表情が固まり切っていて、イヴァンは額に大量の脂汗を浮かべている。
「デミトリ、お礼と言っては何だが最後に助言をさせてくれ。君は呪われているだろう?」
ジュリアンの発言に、イヴァン達が大げさに反応してこちらを見る。
――流石聖職者と言うべきか、呪いを受けているのは気づいていたのか。
「……ああ、どういう経緯でそうなったのか分からないが俺は呪われている」
「君は命神、水神、闘神、そして月神に神呪を授けられている。それぞれがどんな神呪なのか、簡単に説明してあげよう」
「……!? そんな事まで分かるのか!?」
意味も分からず呪われていたので、詳細を聞けるのは僥倖だ。
「一番やっかいなのは命神の神呪だな……命神の加護を持つ者に蛇蝎の如く嫌われる上、命の危機に陥りやすくなる」
――何となく察していたが、酷い内容だな……
「……他の神の加護を持つ人間からは、悪感情は抱かれないのか?」
ガナディア人は皆等しく命神の加護を授かる。ジュリアンの言っていることが本当なら、俺はガナディアに住まう全ての人間から忌避される事になる。
――神呪がもしも命神以外の加護を受け取った人間にも影響を及ぼすのであれば……洒落にならない。
「安心してくれ。あくまで命神の加護を授かった人間が対象だ」
ヴィーダ王国に来てから知り合った人々に、影ながら嫌われていたのだとしたら流石に堪えていた。ジュリアンの返答を聞き、少しだけ心が軽くなる。
「闘神と水神の神呪は、カテリナとヴィセンテに加護を授けていた神々から賜った物だな」
――カテリナとヴィセンテも、加護を持っていたのか。
「……二人に勝手な事をして、神々の怒りを買ってしまったのか?」
「真意は測りかねるが、逆だろう。二人を助けようと奮闘する君を応援したかったんじゃないか?」
――応援するつもりで呪う……?
「疑問に思っているようだが……呪いの内容は命神の神呪で命の危機に直面しやすい、君を思って授けられた物の様に見える。まず闘神の神呪は……困難に立ち向かい続ける覚悟さえ持てば、戦士として成長できる呪いだ」
「立ち向かい続ける覚悟か……」
命神の神呪の影響で命の危機に瀕する事が避けられないなら、敢えて立ち向かって成長する機会に転ずる事を求められているのだろうか?
――理に適っている様で少し……嫌、かなり精神論じみていないか……? 呪いらしい負の要素が無いのも気になる……まさか立ち向かわずに逃げたら逆に弱くなったりはしないだろうな?
「そして水神の神呪は、脅威に対する対抗手段を与える為のものだろう。魔力に強力な呪力が混ざる代わりに水魔法が使えるようになる呪いだ」
「確かに、ある日を境に急に魔法が使えるようになった……」
――闘神の神呪よりもこちらの方が分かりやすいな。呪力が魔力に混ざった直後、魔力暴走で死に掛けたが……水魔法には何度も命を救われている。
全ての神々に対して疑念を抱いていた手前、素直にジュリアンの話を受け入れにくい。だが、少々有難迷惑で度が過ぎている部分があるとは言え、こちらを思って授けられた神呪かもしれないと聞くとほんの少しだけ神々に対する印象が変わる。
――一部の神については、認識を改めなければ行けないのかも知れないな。少なくとも、闘神と水神は敵ではなさそうだ……
「最後に月神の神呪だが、月明かりを浴びると気が狂う呪いだ」
神々は全て敵ではないと思い始めていた矢先にそう告げられ、心がすっと冷えて行く。
「命神同様、月神は俺の敵なのか……」
「気持ちは分かるがそうとも限らない。君は複数の神呪を授けられているのにも関わらず、平然としているだろう?」
「今聞いた話のせいで平常心を失っているが……」
「ふむ……君はそもそも呪いについてあまり詳しくなさそうだな。神呪ならいざ知れず、徒人の呪いですら呪われた側の精神は少なからず汚染されていく。耐性がなければ狂人に成り果てるか、最悪廃人になってしまってもおかしくない」
心配そうにこちらを見るイヴァンに、今は狂っていないと安心させるため首を横に振っておく。
「複数の神呪に加えて、狂気を司る月神の神呪を授かっても我を失っていない時点で……君は精神汚染や狂気感染に対する完全耐性に近いものを得ている可能性が高い。月神の神呪も然程君に悪影響を与えず、呪力だけが上乗せられて水魔法がより強力になる恩恵しかないはずだ」
「……月夜の元だと精神が不安定になるんだが」
「その程度で済んでいるならお得じゃないか」
――そんなに軽く言われても困るんだが……
「神呪についてはこんな所だな。命神の神呪はともかく、他の神呪とは上手く付き合っていくのをおすすめする」
「……助言に感謝する」
聖職者であるジュリアンが神呪についてここまで詳しく説明したのにも関わらず、解呪方法について一切言及しないと言う事は解呪がそもそも不可能だと考えて間違いなさそうだ。
――うまく付き合っていくしかない、か……
「最後に呪いと呪力について補足する。神呪を複数授かっている時点で、君は恐らく呪いが効かない体になっている」
「呪いが効かない……?」
「君を呪おうとしても、不発に終わるか呪いは術者に跳ね返されるだろう。それだけ神呪は人の領域を超えている」
「そんなことあり得ません……! 呪術の類に完全耐性なんてありえない……伝説で語り継がれる、大聖女ですら呪いで命を落としたのに……」