「開戦派の件が片付いたらアルフォンソ殿下との約束を果たしたことになるし、グローリアとは深く関わりたくない。事が終わり次第、すぐにでも国を出てしまおう」
カテリナとヴィセンテの墓参りや、ジステイン伯爵領をいつか訪れるつもりだったのが後回しになるが状況的に仕方がない。
「どこに行くの?」
「そうだな……まずは隣国のアムールに行くのが良いかもしれない、ニルが旅行に行く位だからヴィーダとの国交も開かれているはずだ」
――メリシアで過ごした日々がもう遠い過去の様に感じるな……アムールに向かったトワイライトダスクの面々は、息災だろうか……
「そうだね……そうしよう! でも、色々と解決する前に未来予知が外れたり問題が発生したらどうするの?」
「殿下との約束は、グローリアの未来予知が確実な事が前提だった……その前提が崩れるならあちらに落ち度がある、その時はさっさと二人で逃げてしまおう」
かなりの暴論だ。だが転移の許可を取らなかった事しかり、アルフォンソ殿下はグローリアの為なら何でもしてしまいそうな危うさを孕んでいる。
――殿下は悪い人間ではないと思うが……グローリアの身に危険が迫ったら何をするのか分からない。彼の恋路に付き合って共倒れする位なら、俺も大切なものを守るために自分勝手に行動する覚悟を決めなければいけないな……
「……デミトリは本当にそれで良いの?」
「通すべき義理は通す……だが俺とヴァネッサの安全を天秤に掛けた時、義理の方に傾く程俺は出来た人間じゃない。この前人としての矜持を捨てたくないと言ったばかりなのに、矛盾しているな……」
「そんな事気にしなくていいよ」
バッサリとそう言い捨てたヴァネッサに驚き、彼女の方を見ると少し怒った様子でこちらを見上げている。
「だが……」
「デミトリは家族に殺されそうになったり、カズマとかセイジに襲われたり、盗賊とか死体剥ぎだけじゃなくて教会にまで刺客を送られて命懸けで戦わされて……挙句の果てに良く分からない神様に呪われてるんだよ?」
その良く分からない神にヴァネッサに加護を与えた月神も含まれているが、指摘する気にはなれなかった。
「大変な目に遭ってるから何をしても許されるなんて私も思わないけど、国のトップの殿下ですら婚約者の為にルールを破ってるんだよ? 前も言ったけど完璧な人間なんて存在しないし、デミトリは自分に厳しすぎるよ」
「……完璧になれるなんて思っていないが、気を付けていないと堕落してしまいそうで怖いんだ」
「その時は私がデミトリを止めるから。デミトリも、私がおかしな事をしそうになったら止めてくれるよね?」
「……ああ、絶対に止める」
「なら大丈夫。なんとかなるよ」
ラスからの受け売りだった言葉だが、ヴァネッサも気に入ったみたいだ。気休めかもしれないが、はっきりとそう言われると不思議となんとかなると思える。
――ラスは随分長い間休んでいるが……大丈夫なんだろうか……
エンツォとの決闘で命を救われた事も未だに礼を言えずにいる。話したいが、こればかりはラスから話しかけられるのを待つしかない。
「お茶会……私も参加できないかな――」
「それは駄目だ」
「……なんで? いざとなったら、私は絶対にデミトリの味方だよ?」
「グローリアがヴァネッサの事を認識していないなら、彼女の知っている物語にヴァネッサは関らない方が安全だ。そうした方が、未来予知通りに事が進み易くなるだろう?」
敢えてヴァネッサから視線を外してそう言い切ったが、視界の端で睨まれているのが分かる。
「……全部一人で抱え込もうとするのも、デミトリの悪い癖だよ?」
「分かっている……だがヴァネッサはグローリアと関らない方が良い。そもそも、公爵家の茶会なんて本来俺達が招待される様な場所じゃない。俺の場合は色々な思惑が絡んでいるのと、殿下の賓客扱いだから招待する理由付けが出来ているが……ヴァネッサは違うだろう?」
反論できないからか、全身の体重をこちらに預けてヴァネッサが黙ってしまった。
――ヴァネッサをグローリアに近づけたくないのはそれだけが理由じゃない……世界が自分を中心に回っていると信じて疑わないあの自己陶酔の仕方は、セイジに良く似ていた。関わらせるのは危険すぎる……
グローリアは俺を攻略して殿下と三人で家族になるつもりらしい。彼女の知っている物語通りなら孤独なはずの俺に、ヴァネッサと言う仲間がいる事に気づいてしまったら……何をしでかすのか分からない悍ましさを感じた。
「……心配だよ」
「気持ちはありがたいが……なんとかなるんだろう?」
俺を元気づけるためになんとかなると言った手前、否定できずこちらを見上げて微妙な表情をしてしまったヴァネッサを見て笑ってしまう。
「笑わないでよ……」
「すまない。俺の我儘に付き合って貰って殿下に義理を通すんだ。協力してくれるヴァネッサには、俺からお礼をするので手を打てないか?」
「いつも助けられてるんだから、お礼なんてしてもらわなくても協力するよ」