程なくして再出発した馬車が城壁の門を潜り、初めて王城の敷地外に広がる城下町を目にした。
メリシアも大きな街だったが、馬車の窓から見える街並みはメリシア以上に発展している都市の物だと一目見ただけで分かる。城壁を囲う深い掘りの先に、メリシアでも珍しかった三階建て以上の建物が所狭しと建てられておりその更に先に内壁まで見える。
「凄いな……」
「そう言えば君は王都に来てから王城を出るのは初めてか」
「普通は直接王城に行かないからな」
「はぁ……リディア氏が宮廷魔術士の職を辞して尚、困らせられるとは思わなかった」
「……何となく自由人の様な印象を受けたが、それ程だったのか?」
「父王が即位する前から活躍していたらしいが、逸話に事欠かない人とだけ言っておく」
微妙な表情で言葉を濁すアルフォンソ殿下から、この話を広げたくない意志が伝わってくる。
――王族にここまで言わせるとは、一体何をやらかしたんだ……
王侯貴族相手に我を通せるリディアの実力が恐ろしい。
「……今馬車が進んでいるのが貴族街だ。王城を中心に貴族街があり、内壁の更に先に平民たちが住まう城下町がある」
「内壁までだけでメリシアと同規模の広さがありそうだが」
「流石にメリシアの方が広いが大体その認識で正しい。貴族街と平民街も合わせれば王都はヴィーダで一番大きな都市だからな」
自慢気にそう語りながら馬車から街並みを眺める殿下の横顔は、どこか誇らしげだった。
「無知で申し訳ないが、アルケイド公爵邸は貴族街にある認識であっているか?」
「軽く説明しておこうか。王都に居を構えてるのは基本的に伯爵家以上の貴族家だ。力を付けた子爵家や、無理してる男爵家もいない訳ではないが……」
「想像でしかないが屋敷の購入だけでなく維持費もかなり掛かるだろう? 無理をしてでも王都に別邸を構えるのは……言葉を選ばずに言うと見え張りのためか?」
アルフォンソ殿下が呆れた顔をしながら嘆息する。
「本当に言葉を選ばずに言うな……その通りだ。家の力を示す象徴として分かりやすいからな。当然、王城に近い土地に別邸を持てる貴族家は限られる」
――王城と別邸の距離の近さが、王家からの信頼の表れだと言いながら貴族達は張りあっているんだろうか……?
「今日訪問するアルケイド公爵邸は、その一握りの貴族に入っているんだな?」
「そう言う事だ。ほら、見えて来たぞ」
馬車の外に目を向けると、遠めにアルケイド公爵邸と思われる屋敷が見えた。
「……広すぎないか?」
「公爵の別邸だからな」
見えている範囲だけで、周囲の屋敷と比べて塀で囲われている敷地の面積が三倍はありそうだ。
徐々に馬車が減速して行き、公爵邸の門の前で停止する寸前でまた加速してそのまま門を潜り敷地内へと入って行った。
――王族の特権か……
門の前には他の馬車も並んでいたはずだが、順番を譲らざるを得なかったのだろうと推察する。
「アルフォンソ殿下、デミトリ殿、到着致しました」
イヴァンが馬車の扉を開き、まずはアルフォンソ殿下が馬車を降りて俺もその後に続く。
――オブレド伯爵邸もすごいと思ったが……
目の前にある屋敷は、記憶にある伯爵邸の軽く倍近い大きさだ。
「アルフォンソ殿下、この度はアルケイド公爵家が主催する茶会にご参加頂きありがとうございます」
「グ―― アルケイド公爵令嬢、招いて貰った事に感謝する。君と会える機会はいつでも歓迎する」
――今のは駄目なんじゃないのか……
今までグローリアの事ばかり警戒していたが、彼女は周囲にアルケイド公爵家の使用人や関係者が居るからか弁えた発言しかしていない。逆に殿下は婚約者を前にして思考力が下がっているのか、言動がかなり危なっかしい。
「デミトリ様、お初にお目に掛かります。ご存じかと思いますが、アルフォンソ殿下の婚約者のグローリア・アルケイドと申します。この度は急な招待にも関わらず、我が家の主催する茶会にご参加頂きありがとうございます」
あくまで殿下に付き添っているだけの賓客の俺にまでグローリアが挨拶してきた。茶会中無言を貫くつもりだったため、思考を高速で巡らせ返答を考える。
「……アルフォンソ殿下にご高配を賜っておりますが、私は爵位を持たない亡命の身です。どうぞ過分なお気遣いをなさらず、デミトリとお呼びください。この度はヴィーダ王国でも名高いアルケイド公爵家主催の茶会にご招待頂き感謝申し上げます」
――……適当にそれっぽい事を言ったが、挨拶する必要があるなら先に言ってくれ……
貴族街の説明の前にもっと馬車の中で話すべきことがあったのではないかと、蕩けた表情でグローリアを見つめるアルフォンソ殿下に内心毒づく。
馬車を降りた瞬間出迎えてくれたグローリアとの挨拶を終え、アルケイド公爵邸の使用人に殿下と共に公爵邸の庭園まで案内された。
俺達よりも先に到着していたであろう招待客達が、庭園に設置された茶会用のテーブルを囲みながら幾つかの集団で談笑している。
――こちら……と言うより殿下に何人か気づいたな。
「君は基本的に、質問されても私が言わない限り話さなくて大丈夫だ」
「助かる」
殿下に小声でそう指示された直後、堰を切った様に招待客達が殿下に群がって来た。
殿下は両隣を俺とカルロスに挟まれ、背後をイヴァンに守られながら延々と招待客達の挨拶に対応する。無限に続くのではないかと錯覚してしまうほど、ひっきりなしに招待客達が殿下に群がる隙を見て周囲を観察する。
――気になるのは分かるが……
殿下に挨拶をする貴族達の中に少なからず横に立つ俺に妙な視線を送る者がいる。彼等からしたら貴族の茶会に異物が混ざっている様なものだ、逆に困惑を一切表情に出していない招待客達の方が不自然なのかもしれない。
――見た所招待客達は皆殿下と同世代で若い。平静を保っている貴族の令息令嬢達の中に、開戦派に所属している者達がいるのかもしれないな。