――……ここは一応殿下の婚約者の屋敷だ、これ以上庭は汚さない方が良いか……?
呪弾の跡と兵達の死体が散乱している惨状から目を背け、テーブルの横で圧死させた給仕達が囚われたままの水牢に目を向けた。
魔法を維持するのも手間なので手早く凍らせて深紅の氷球を芝の上に落とす。鈍い音と共に地面が揺れ、テーブルを囲んだ令息令嬢達がびくりと体を揺らして反応する。
――完全に化け物を見る目だな……
「……オリオル、返事は?」
「わ、私はセルセロ侯爵家の嫡男だぞ! 口を慎め!! ガナディアの悪魔め!!」
——セルセロ……? 王城で俺に付きまとって来たあのセルセロの関係者か。
でっぷりとした体を精一杯大きく見せようとしながら、オリオルが汗で顔にへばりついた茶色い前髪から水滴が振り落とされる勢いで吠えた。虚勢を張っているだけなのが黒い瞳の奥に宿る恐怖から見て取れる。
「馬鹿にも分かる様に一度だけ説明してやろう。アルフォンソ殿下の尽力で止血は間に合っているがこのままだとアルケイド公爵令嬢の命が危ない。素直に話すなら生かすが、反抗的な態度を取り続けるなら時間の無駄だから殺す」
――一人は兵を見張って、もう一人はあいつの背後につけ。
モータル・シェイドが一体、浮遊しながらオリオルの背後に移動するのを見てオリオルの横に座っている令嬢から声にならない悲鳴が漏れる。いつの間にか元居た席から移動していたリカルドも顔を引きつらせている。
「ぐっ……」
「だんまりか。残念だ……悪魔呼ばわりされた事だし、お望み通り悪魔らしく振舞わせてもらおうか」
「何を――」
「ひ、あぎゃぁあ!? あああああ!!!!」
背後で兵が悲鳴を上げているが無視する。オリオルが返事を渋っている間に兵に逃げられない様モータル・シェイドに足を潰せと念じたが、細かい指示ではなかったため何をしでかしたのか分からない。
――脅したかっただけなんだが……潰せと言う指示が抽象的すぎたのか?
真っ赤になっていたオリオルの顔が見る見るうちに青ざめて行く。他の令息令嬢達も揃いも揃って顔面蒼白だ。
「ご、誤解だ!! 私は無関係だ!! 殺さないでくれ!」
「あああああああああ!?」
――うるさいな……
ブチッ
背後で何か千切れる音がした後ぴたりと兵の叫び声が止んだ。幸いラスの鎧のおかげでオリオル達にこちらの表情は見えていないが、顔を晒していたら俺も焦っていたのがばれていただろう。
――うるさいと考えただけで黙らせたのであれば、かなり指示の内容に気を付けないといけないな……
これ以上モータル・シェイドが無駄に被害を出さない様に指示を念じ直す。
――俺が指示を出すまで余計な事をするな。兵士の見張りはもういいから、周囲を警戒して敵が近づいたら拘束してくれ……
内心モータル・シェイドをちゃんと制御出来ているのか不安になりながら、テーブルに近づいて行く。後数歩でテーブルに到着する所で、グローリアの肩に突然矢が生えたのと同様に突如としてオリオルの姿が消えた。
「なんで異能が効か―― やめ、ぁああ!?」
叫び声のする方を見ると、屋敷の方へと逃げようとしていたであろうオリオルが巡回を命じたモータル・シェイドに捕まっていた。朧気な手の形をした影に囚われたオリオルの太い足首が、みるみる内に干乾びて行く。
――オリオルを離せ!
指示を飛ばしている最中、元々オリオルの背後に待機しろと指示したモータル・シェイドがオリオルの元に合流した。二体のモータル・シェイドに見下ろされながら、絶望した表情でめそめそと泣くオリオルを一旦放置して殿下の方に向き直る。
「転移なのか時止めなのか……他の何なのかは分からないが、オリオルがあの異能を使える限りまた射手に攻撃されてしまったら危険だ」
「……異能を封じればなんとかなるんだな?」
「敵に他の異能使いが居るならそうとも言い切れないが……」
「不安要素は排除した方が良い、殺――」
「異能使いは私だけです!!」
殿下から死刑宣告を受ける直前、オリオルがモータル・シェイドに睨まれている恐怖すらかなぐり捨て地面に頭を擦りつけながら命乞いを始めた。
「殺さないでください! 何でも話します!! 私がコップを口に付けるのを合図にしてその瞬間奪意の異能を発動しました!!
「なんだその破廉恥な異能は」
グローリアを抱きかかえる腕に力を入れながら、殿下がオリオルを視線で殺さんばかりの殺意の籠った目で見る。
「ちが―― ほんの数秒ですが周囲の人間の意識を奪う異能なんです! 信じてください!! 私は父に合図と一緒に異能を発動しろと言われただけで何も知らない、無実なんです!!」
「何が無実だ……合図を教えられただけなら何故自分以外に異能使いがいない事が分かるんだ?」
「あっ」
――しっかり襲撃計画に加担しているじゃないか。突如として矢が現れた様に見えたのは異能の発動と合わせて意識を奪われる直前に矢を射っていたからか……
今の状況なら同じ方法で射手と連携は出来ないだろうが、他にも合図を決めていたら不意打ちの防ぎようがない。
「デミトリ、奴が襲撃者達と内通していた言質は取れた。無力化してくれ」
「了解した」
「なんで、やめ――」
言葉を紡ぎ終える前に、オリオルの巨体を二体のモータル・シェイドが覆い隠してしまった。
――ちゃんと始末してくれるなら、オリオルは好きにしていい……終わったら待機してくれ。
モータル・シェイド達が何をしてしまうのか、あまり深く考えたくなかったので適当に指示を出しながらようやく殿下達の元に合流した。
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