「愚息が色々と迷惑を掛けたと聞く。この馬鹿者に良く付き合ってくれて感謝する」
「親父……!」
――本当に普段通りの口調で問題ないのか? これ以上黙っているのは逆に失礼に当たる可能性があるが……
「……茶会、の件、か?」
「本当に気にしないからいつも通り話してもらって良い。逆にこちらも話し辛くなる」
「すまない……茶会の件か?」
「茶会もそうだが、エンツォとの決闘しかり……アルに何故開戦派を叩かないのかと諭したそうだな?」
「それは――」
ヴィーダ王が片手をあげ、弁明しようとしたアルフォンソ殿下を制止した。ゆったりとした動作だったのにも関わらず、放たれた逆らってはいけない絶対的権力者の圧に一気に緊張感が増す。
「アル、私は今デミトリと話している」
「……恐れ多くも、立場を弁えずアルフォンソ殿下に色々と進言したが――」
「それでもグローリア嬢の未来予知通りに事が進めば万事解決すると言われたんだろう? 愛しの婚約者を守るつもりが失う結果になるとも知らずに」
「くっ……!」
抑えきれない感情を吐息に混ぜながら震える殿下とは対極的に、グローリアは俯き微動だにしない。少しだけ時間は経ったが、殿下に嘘を付いていた罪悪感を完全に拭うには足りなかったようだ。
「ようやく自ら動く気になったと報告された時は、私の助言の真意に気付き己の力で未来を掴み取るため足掻く覚悟が出来たのかと思ったが……聞く所によると決められた未来など壊してしまえば良いと最初に提案したのはデミトリらしいな――」
「待ってくれ」
アルフォンソ殿下を射殺してしまうのではと思わせる程鋭い眼光で見つめながら問い詰めだしたヴィーダ王の発言を遮ってしまった。彼が殿下から視線を外し、興味深そうに紺碧の瞳がこちらの様子を伺う。
「あれは……言い訳をすると俺は魔力が枯渇しかけていた状態でグローリア様の未来に関する告白を聞いて気が動転していた。勝手に話を進めた無礼を殿下は許してくれたが、殿下が話の主導権を握っていたら俺よりも先に未来を変えようと発言していたはずだ。現に、殿下が最後にそう言ってくれたおかげでグローリア様も未来を変える事に賛同してくれた」
「……肝心の所で側近に任せっきりなのは度し難い、一国の主になるのであれば猶更な」
――アルフォンソ殿下の王としての資質を問いているのか……?
今更だがこの状況の意味が分からない。開戦派と本格的に対峙する決意をした殿下が王に事の経緯を報告したのであろうと察せられるが、跡継ぎの不出来を糾弾したいのであれば別の機会にして欲しいのが正直な感想だ。
――いつの間にか側近扱いされているのも……いや、今はそんなことを気にしている場合じゃないな。
「グローリア様が負傷し死の淵を彷徨い、アルフォンソ殿下は懸命に介抱していた。あの状況で臣下に頼っただけで暗愚と断じるのは――」
「それでは足りんのだ……! 国を背負った上で最愛の妃を守るのは生半可な覚悟で出来る事じゃない……何度も言っただろうアルフォンソ! グローリアちゃんを幸せにしたいならもっとしっかりしろこの馬鹿者が!!!!」
ヴィーダ王が胸を張りながら部屋の外まで響いていないか心配になる大喝一声を轟かせ空気が震えた。
――……グローリア、ちゃん?
「おじさま、違うんです! 私がわる――」
「グローリアちゃんは悪くない! 後パパと呼びなさい!!」
張り詰めていたはずの空気がヴィーダ王の発言で一気に萎んでいく。正確には王族二名と公爵令嬢の間ではまだ修羅場のような空間が存在しているが……俺とヴァネッサ、ついでに壁の花に徹している護衛達も明らかに白けている。
「親父、俺は――」
「俺は何だ!! 茶会が開催される前、グローリアちゃんの様子がおかしいのに気づいていなかったのか!? たまたまデミトリが解呪に成功しなければ……未来の妃を大事にできない男にグローリアちゃんを嫁には出せない!」
――嫁に出すのはアルケイド公爵家であってヴィーダ王ではないだろう……
「私がママと結婚した時の話もしただろう! 国を犠牲にしてでも、神と運命に逆らってでも障害をねじ伏せて最愛を守る覚悟を持てと! あれほど口酸っぱく言い聞かせていたのになんだこの体たらくは――」
「そんな事できるわけないだろ!!」
「やれと言っているのではない、やる覚悟を持たなければいけないと言っているのが何故分からない!!」
――言わんとしている事は分からなくもないが……
真剣にヴィーダ王の問答に応えていたのが馬鹿らしくなりソファに背中を預けた。口論を続ける王族たちを眺めていると、横からヴァネッサが耳打ちしてきた。
「王様が言ってる事が正しいよね?」
「……そうだな。王族という地位と権力に紐づく責任や、求められる思考と行動は勿論大事だ。だが人間である以上個人の意思と感情は必ず存在する。最終的に国と民を優先しなければならないかもしれないが、本当に守りたい者がいるなら世界を敵に回してでも守る覚悟と気概がなければ……守れるものも守れなくなるかもしれないな」
「その通りだ!! デミトリとヴァネッサは話が分かるみたいだな」
小声で話していたつもりだったので急にヴィーダ王に声を掛けられてしまいヴァネッサと共にソファの上で小さく跳ねてしまった。いつの間にか口論の止んだ方向に視線を移すと、満面の笑みを浮かべたヴィーダ王と目が合ってしまった。