「問題は、えーっと……戦闘の前後で吟遊詩人が物語の内容を歌うのですが、戦闘に関しては盤上の遊戯を進める遊び手次第なのです……」
「そうなると、例えば物語では勝利するはずの戦闘に敗北した場合矛盾が生まれるのではないか?」
ヴィーダ王の問いにグローリアが沈黙し、何かを考えている様子で目を瞑った。
「……上手く説明できないのですが、物語の筋書通り進めなくなってしまったら強制的にやり直しが発生します。盤上の遊戯が、直前の手番まで巻き戻されてしまうと言えば伝わるでしょうか?」
「なるほど……」
ヴィーダ王が少しずつ前世のゲームに対する理解を深める一方で、アルフォンソ殿下は落ち着きがない様子でテーブルを指で叩いている。
「……グローリアが未来を変えるのを諦めてしまったのは、その巻き戻しを危惧したからなのか?」
殿下が突然指を止め、握りこぶしを作りながらグローリアに疑問をぶつけた。
「それは……違います。今まで『未来予知』としてお伝えした事は、物語と多少のずれがあっても時が巻き戻るような事はありませんでした。私が一番恐れていたのは、物語を変えようと努力しても運命が物語に収束していってしまう事です……細部が変わっても大きな物語の流れは何も変えられませんでした」
――諦める前は、グローリアなりに未来を変えようと努力していたんだな……
具体的に何を試したのかは計り知れないが彼女なりに足掻いたのだろう。きつく結んだ唇が震えているのは、変えられなかったいずれ訪れてしまう未来に対する恐怖の表れかもしれない。
「そんな……」
「殿下、さっきの威勢はどうした?」
「デミトリ……?」
「どうせ呪詛の矢を処理したのに、グローリア様の言葉の通りなら結局明日死んでしまうのではないかと考えたんだろう?」
図星を言い当てられた殿下と、彼を見つめていたグローリアまで俯いてしまった。やり取りを静観していたヴィーダ王もグローリアの話を聞きながら同じことを考えてしまったのか、纏っている雰囲気が先程と比べて弱弱しい。
――絶対に未来が変えられる。物語通りには進まないと、そう思ってもらうには……一つ試せそうな手があるが……
「……ヴァネッサ――」
「いいよ」
予想外に早いヴァネッサの返答に驚き、彼女の方を見ると深紅の瞳と視線が交わった。
「……まだ何も言っていない」
「何となく察しは付くよ。デミトリがそうしたいなら私も賛成。本当は隠せたら一番いいけど……後でバレるより今話して恩を売っておいた方が得そうだし」
――王族と王家の影の前でそんな事を言わないでくれ……
ヴァネッサの物言いにハラハラしたが、幸いな事に咎められることはなかった。ヴァネッサの許可を得たので、咳払いをして対面に座るヴィーダ王達の注意をこちらに向けた。
「グローリア様、質問をしても良いか?」
「はい?」
「物語の中の俺は重要な人物だったか?」
自意識過剰とも捉えられる質問をするのは気が乗らないが仕方がない。少し驚いたような反応をした後、グローリアが口を開いた。
「えっと……気を悪くしてほしくないのですが主役ではなく、準主役級の人物でした」
――気にしているのはそこではないんだが……
急に何を聞いているんだと言わんばかりの表情でこちらを見ている王族達を無視して質問を続ける。
「分かった。主役ではないが物語の根幹に関わる人間という認識で正しいか?
「はい。その認識で間違いありません」
「もう一つ聞かせてくれ。物語の中のデミトリは転生者だったか?」
転生者と言う単語を聞き、グローリア達だけでなく周囲で護衛に徹していた者達まで一瞬だが身を硬直させた。
「え!? 違います」
「頑張って思い出してほしいんだが、実は転生者だったなどという設定も無いんだな?」
「それはないと思います……? 完全攻略本のインタビューでもそんな裏設定触れられてなかったし、リメイク版で追加されたシナリオでもそんな描写なかった……命神ディアガーナの愛し子で純粋なガナディア人ってキャラクタープロフィールにも書いてあったはず……」
――命神の愛し子だと―― 嫌、駄目だ……落ち着け……
グローリアの呟きに一瞬怒りが沸騰しそうになったが無理やり抑える。俺まで興奮してしまったらヴァネッサ以外まともに話せる人間が居なくなってしまう。
「……そうか、俺は転生者だ。主要人物の俺が転生者な時点でそもそも物語通りに進む事は不可能だ」
「転生者だと!?」
「本当ですか!?」
――このまま気づかないでくれ……
「本当だ。あくまで物語と似ているだけで、俺達が生きているのは現実だ。グローリア様も助けられたのだし未来は変えられるはずだ」
「デミトリ、なぜ黙ってた!?」
「ただでさえ亡命者なんだ、転生者だと告白しても利が無いと思った……」
「ゲームと性格が違ったのも――」
「別人だからだろうな」
――上手く行ったか……?
俺の急な告白に驚き殿下とグローリアは先程の思考から解放されたみたいだが、沈黙を貫いているヴィーダ王が心配だ。
「どうしてもっと早く――」
「アル、そこまでにしなさい。デミトリ、君が転生者であってもそれはグローリアも同じだ。物語通り進まないとは言い切れないのではないか? 現にガナディアで転生した君もここまで導かれてこの場に居る……物語に縛られていないとは言い切れない」
――やはり駄目だったか……一国の主を相手にそう簡単に思考誘導なんて出来るわけがなかった。