「……そうですね。犯罪奴隷に堕ちてしまう様な人間の仲間ですし……あなたが逝った後は代わりにあの二人に罪を償って貰うのも一興ですね? カズマ?」
「頼む……!! 言う事を聞くから二人には――」
「手を出さないで欲しいんですか? 咎人の立場をお忘れですか……? 光神の代弁者として、天罰を受け入れないのは見過ごせないですねぇ」
縋る様に祭壇の方向に頭を下げるカズマを見ながら粘り気のある不快な声で嗤っているのは、聖職者などではなく悪魔だと言われた方がしっくりくる。愉悦で鈍く光るその黒い瞳には慈愛の欠片も見出せない。
――二人を人質に取られたのか……!
ふらつく足に力を入れるのを止めてカズマと同じく大聖堂の床に膝をつき、ラベリーニ枢機卿とガブリエルに盗み聞かれない様に小声でカズマに話しかける。
「あいつは最初から約束を守るつもりなんて――」
「分かってる! 分かってるけど……俺はどうしたらよかったんだよ……!!」
「カズマ……」
杖にしていた剣を手放し四つん這いに近い姿勢で慟哭するカズマの姿が余程愉快なのか、枢機卿達は歪な笑みを浮かべながら攻撃の手を止め静観している。
「俺が犯罪奴隷になったのは自業自得なのに……! お願いだから、二人は関係ないから手を出さないでくれ!!」
「……あなたの行動が招く仲間の不幸……それもまた天罰です。ふふふっ」
――下衆が……
「俺のせい……そうか、そうだよな……」
「カズマ! お前のせいじゃ――」
「デミトリ……俺はラスの力を自分の物だと勘違いして、何でもできるって全能感で思考がおかしく―― いや、それだとラスのせいにしてるみたいだな……力に溺れて、取り繕ってた俺の腐った本性が表に出て自滅して……仲間まで巻き込んで周りに迷惑を掛けてる。これは全部俺のせいなんだ……」
思うように動いていなさそうな体で枢機卿からこちらに向き直ったカズマが、そのまま倒れ伏しながら語り掛けて来た。呼吸と手の震えが落ち着いたみたいだが、顔色の悪さから相当無茶をしているのが分かる。
そんな死に体の様相なのにも関わらず、強くはっきりとした彼の声とこちらを見上げる力強い意志を感じさせる瞳から目を逸らすことができない。
「リアとアレクシアは『どれだけ時間が掛かってもしっかり罪を償って、釈放されたらまた一緒に冒険しよう』って言ってくれたんだ。自分達の立場が悪くなるかもしれないのに、わざわざギルドの伝手を使って手紙を送ってまで……手紙を読んだ時やっと自分がしでかした事とちゃんと向き合えた……手遅れすぎて笑えるよな?」
リアとアレクシアは借金奴隷の債権をギルドに買い取ってもらっている身だ。犯罪奴隷に堕ちたカズマと連絡を取るために動くこと自体が彼女達に対する悪評に繋がってもおかしくない。
――三人共、お互いの事を本当に大切に思っているんだな……
「こんな体になってもう色々と手遅れかも知れないけどせめて……二人との約束も、ラスとの約束も守れなかったけど、残された時間は恥ずかしくない自分でいようって決心したのにこの様だ……!! 俺のせいで二人が巻き込まれて……全部、全部俺のせいだ……!」
「……罪を認めることが赦されるための第一歩ですよ。ご自分の責を認められるとは素晴らしい」
「黙れ!!」
思ってもいない事をつらつらと言いながら大げさに拍手を始めたラベリーニ枢機卿を怒鳴ったが、彼にとって俺が感情的になったのが余程面白かったのだろう。
勢いを増した乾いた拍手が、枝のように細い腕から発せられたとは思えないほど大きな音で聖堂内に虚しく響き渡る。
「デミトリ……俺はどうしようもないバカだけど、お前とあの王子様と敵対してる枢機卿が悪者だってことぐらい分かる。結局二人を守れなかった上、またお前に迷惑を掛けて……死ぬまでの短い時間だけでもちゃんとしようって思ったのが都合良すぎたんだ。俺はそんな事をするのが許されないぐらいやらかしたんだ――」
「あんな奴に良いようにされたままで良いのか……!? 諦めるな!」
「諦めてない。受け入れたんだ……心を入れ替えたつもりでも、根っこの部分はそう簡単に変わらないんだな」
倒れた状態でカズマが腕を伸ばし、負傷して力を入れられずだらりと聖堂の絨毯に垂れていた俺の左手を掴んだ。そのまま、祭壇に居る枢機卿達に聞こえない程度の小声で話し始める。
「デミトリ……セルセロと違って俺はあの危なそうな水を飲んでない」
「何を――」
カズマが決意に満ちた表情で喋りながら俺の手を握る力が増していく。
「けどセイジと一緒に教会に連れてこられた時に、死んだら体の所有権が枢機卿の物になる契約魔法を無理やり結ばされた。多分お前の死霊術は俺の死体に効かない」
「随分と詳しいんだな……」
「分かりやすく捨て駒扱いを受けてたけど、一応お前と王子様が来る前にお前の能力について情報共有されたからな……」
――当たり前だが、あの茶会での出来事は共有済みか。
「死んだらお前が言ってたみたいにセイジと同じ屍人にされる。けど……逆に死ぬ前なら契約魔法が発動しないかもしれない」
「……!?」
「散々攻撃して、迷惑掛けておいて今更図々しすぎるのは分かってる……! それでも俺の頼みを聞いてくれ! 俺の命も魂も好きに使ってくれて良いから、リアとアレクシアを守ってくれ……!!」