「自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
カズマが頷く。
「頼む……! 二人を―― がはっ!?」
「カズマ!?」
「……コソコソと話されては聞こえないので懺悔の機会を与えた意味がありませんね。そろそろ終わりにしましょうか」
倒れた状態のカズマの背から突如として血まみれの土棘が無数に現れ、俺の手を握る力が段々と弱まって行く。
「た、のむ……ふた……を……」
「……物凄い執念ですね? 屍人になった後……彼に仲間を殺させるのも良いかもしれません。その業を背負い、光神の代弁者たる私の赦しを得られるまで魂を現世に縛られる。罪人に相応しい天罰です」
――いい加減にしろよ……!!
上手く動かせない左手で無理やりカズマの手を握り返し、枢機卿に対する憎しみで破裂しそうな呪力を魔力に込めながら、彼の傷口からあふれ出る血液の代わりに体の中へと流し込んでいく。
生者に対してこれほど冒涜的な術を試したことなどない。何が起こるのか分からない不安がなかったわけではないが、カズマの魂をラベリーニ枢機卿に弄ばれるたまるものかという一心で呪力を注ぎ続けた。
「……カズマ、二人の事は俺に任せろ……!!」
「あり……が…… ―――――――!!!!」
カズマから放たれた呪力の衝撃波に吹き飛ばされ、前陣の中央を通る絨毯の上を転がされた。負傷して血を流し過ぎた体では耐えきれず世界が暗転し、目を開いた時初めて自分が意識を失っていたことに気付いた。
耳鳴りで籠った音しか聞こえず、ぼやけた視界で辺りを見回すと黒い何かと枢機卿達が戦っている。
「ぎゃああああ!?」
まるで水中で聞こえたかの様に微かに響く叫び声がした方向へと顔を向けると、サミュエルがイニゴを背後から切り伏せていた。
――間に合った……みたいだな……
「……トリ……デミトリ!!」
誰かに抱えられながら口元に押し付けられた瓶から流れ出る液体を貪るように飲み干す。ポーションが体に行き渡り、元に戻った視界の先には心配そうな表情を浮かべた殿下が居た。
「サミュエル!! 貴様何をしている!?」
「……ガブリエル! あれに集中しなさい!!」
今まで余裕を持った口調だったラベリーニ枢機卿の切羽詰まった叫びから、彼が焦っていることが手に取るように分かる。
先程までとは打って変わって清浄な気配を感じる魔力を、死力を尽くしながら襲い掛かろうとしている漆黒の呪力を纏った人型の影に向けて放っている。
「……まるで漆黒の鎧だな」
殿下の呟きにメリシアでカズマと出会った時の記憶が蘇る。奇しくも今のカズマは、ラスの鎧を纏っていた過去の姿と似ていた。
「すまない。もう大丈夫だ……」
「私はどうすればいいでしょうか?」
殿下から目を離し声がする方向を見ると、サミュエルが期待に満ちた瞳で殿下を見つめていた。
「サミュエル、お前には伝令を任せる。王城に行き私の指示でニルへの伝令を頼まれたと言えば伝わるはずだ。彼の指示を私の言葉だと思って従え」
「承知しました! 殿下と……ガナディアの悪魔もどうかご無事で!!」
走り去って行くサミュエルを見送りながら、ヴィセンテの剣を拾いゆっくりと体の調子を確認しつつ立ち上がった。
「ヴィーダ王から聞いた時も思ったが、すごい魔道具だな……」
「悪用されないように王城の宝物庫で厳重に保管されていた理由が良く分かる……発動させるまでの条件が厳しすぎるが」
「……存外余裕そうだったが……」
ボロボロの状態の俺とは対照的に、仮にもラベリーニ枢機卿の精鋭の聖騎士を二人同時に相手にしていたと言うのに殿下の体には傷一つ付いていない。
「馬鹿言うな! あいつらが魔法を使えなかったとはいえ、二人相手にお前にちょっかいを出さないように牽制しつつ、殺さない程度に加減するのは大変だったんだぞ!?」
――その大変な戦闘を無傷でこなせるのが、余裕だと思うんだが……
負けイベントを打倒するための会議を行った際、サミュエルの巻き戻しの異能の対策を考えるのに一番時間が掛かったと言っても過言ではない。
『死んだ瞬間から一日前の時点まで記憶を引き継いで自動的に遡る』とグローリアに説明された時は、比喩ではなく実際にその場にいた全員が頭を抱えた。
下手にサミュエルを殺してしまえば、こちらの手の内を明かした上で時を巻き戻されてしまうため殺さずに無力化する方法を考える必要があった。
そこでサミュエルと対峙するのに白羽の矢が立ったのが殿下だった。流石物語の主人公と言うべきか、イヴァンと肩を並べるほどの剣の腕を持つと聞いた時は正直驚いた。
「魔借の腕輪に魔力が枯渇するまでニルとヴァネッサが魅了魔法を込めたのに使い切りな上、効果を発揮するまで本当に十分も掛かるとは……」
「ヴィーダ王がその魔道具を作ったのはリディア氏と言っていたが、悪用されないための制限じゃないのか?」
「あの方がそこまで考えてるとは思えない……」
リディア氏の事を思い浮かべてげんなりとした様子の殿下が、サミュエルが去って行った聖堂の入口を見つめた。