「はぁ……」
アルケイド公爵邸の茶会から続く異常事態の数々に私は限界を迎え深く考えることをやめてしまった。
久々に王都を訪れ旧友のファティマと再会できる事、そして社交界とは縁遠い辺境伯家の身でありながらグローリア様が主催する茶会に招待された幸運を喜んでいた自分が懐かしい。
――なぜ私が案内役に……
「あの気難しいルーベン殿に好かれるとは、幽氷の悪鬼殿は中々の人たらしのようですね」
「っぐ…… ペラルタ様、できればその呼び方は――」
目の前で二つ名を呼ばれ、狼狽えている殿方には出来れば二度と会いたくないと思っていた。
「ふふっ、畏まるのはやめて下さい。普段殿下と話している感じで問題ありませんよ? 茶会でも荒い口調で話してましたし」
「……私にも敬語はおやめください」
とにかく彼の口調を是正しなければという思いで会話に割って入る。
「立場上、そう言う訳には――」
「あの茶会での立ち振る舞いからデミトリさんが必要に応じて顔を使い分けられることは心得ていますわ。それに……アルフォンソ殿下と対等に話す様な方が臣下である私相手に敬語を使うなんて許されません……」
――努めて考えない様にしていたのに……口にしたら意識し始めてしまったわ……
彼は、彼の二つ名の名づけの親が私だと分かっているのだろうか? そんなつもりはなかったとは言え、既にあの怪物の通称が彼の二つ名として知れ渡ってしまっている。
――アルフォンソ殿下の賓客に対してなんて無礼なまねを……
ただでさえ彼の得体の知れない能力に恐怖を抱いているのに、私の行いが非難されても仕方がない物だという事実が心に重く伸し掛かる。
「ナタリア、少し固くないですか? もしかして緊張しているんですか?」
「……思ってもいない事を聞かないでください、ペラルタ様」
この状況を楽しんでいるペラルタ様に必要以上に刺々しく返してしまった。
「おや、私の愛しい婚約者はまだ私の事を名前では呼んでくれないのですか?」
――調子のいい事を言って……
茶会の後事情聴取を終えて王都の別邸に帰れたのは日が暮れてからだった。心配する家臣を宥め、お父様への報告を終えたのは更に日付が変わった後。
心身ともに疲れ果てた状態で眠りに落ち、翌日の朝お父様に呼び出された時はてっきり茶会での出来事について聞かれるのだと思っていた。
『ナタリアの婚約相手が決まった』
父の口から飛び出した言葉に思わず絶句した。私が眠ってしまった後、ペラルタ侯爵家から昨晩の内に打診があり、私が目覚める前にペラルタ様直々にお父様に婚約の赦しを得に来たのだという。
『前々からリカルド君が憧れだと言っていただろう? 出来ればもう少し我が家の娘で居て欲しかったが……私の我儘でナタリアの幸せの邪魔をするわけにはいかないからな』
涙目でそう語るお父様に反論する事が出来ず、そのままトントン拍子に話が進み私はペラルタ様の婚約者になってしまった。
――憧れて、叶わないと思いつつ恋していたのは事実だけど……
同盟国とは言え、アムール王国との国境沿いの領地を受け持つヴィラロボス辺境伯家は武闘派だ。
ペラルタ様に懸想したのも、武を重んじるヴィラロボス家の人間と違い現宰相の嫡男として武ではなく理で戦う紳士という印象を抱いていたから。出会う頻度は多くなかったものの、たまたま彼を社交界で見かけた時はいつも目で追っていた。
「私とナタリアの馴れ初めが気になりますか?」
私を腕の中に納めながら、意気揚々とデミトリさんに話し掛けているペラルタ様の声色には面白そうな相手と対峙してワクワクしているのが伝わってくる。私との馴れ初めを伝えたいのではなく、デミトリの反応を楽しんでいるのだろう。
――強そうな魔獣と出会った時のお兄様にそっくり……
後ろに立っているペラルタ様の顔は確認できないが、あの茶会の時と同じような笑顔を浮かべているのは想像に難しくない。
――……デミトリさん達の案内が終わったら、すぐに王都に戻らずヴィラロボス領で過ごそうかしら……