会話をしながらしばらく進むと、アルセが馬車を王城に向かう大通りから王都の東側へと繋がる脇道に走らせた。道の先には、広大な敷地を有する校舎のようなものが見える。
「あれがアムール王立学園だ」
「すごい大きさだな……」
「貴族の令息令嬢だけでなく平民の特待生、留学生、そして……卒業後も学問を深めたい者達が所属する学院の機能も果たしているからな」
説明をしながら少し言い淀んだアルセの方を見ると眉間に皺を寄せていた。俺が様子を伺っているのに気づいたアルセが苦笑しながら言葉を続ける。
「説明が遅れてしまったが、私は学園の在学生だ」
「そうだったのか……!? すまない、しっかりしているから年上だろうと決めつけていた」
「……! そう言って貰えたのは初めてだ。私は……この顔だろう?」
アルセが自分の顔を指さしながら口をへの字に曲げる。
――初対面の時、少し童顔だなとは思ったが……
「学園では未だに中等部の生徒だと勘違いされる事も多い……」
――と言う事は高等部か学院に所属していることになるが、俺と同年代に見えるから高等部だろうか……?
少しだけ悩んだ末、間違えるなら年下よりも年上として扱われた方がアルセ的に精神的に負担にならないだろうと考える。
「……ここまで護衛してもらい、出会った当初もセヴィラに滞在していたみたいだが学院は今休暇期間なのか?」
「はは、そこまで気を遣わせてしまってすまない。私は高等部の生徒だ」
返答するまで時間が掛かってしまったため、俺の余計な気遣いにアルセは気づいてしまったみたいだ。
「今は収穫期に合わせた学園全体の休暇期間だ。帰省していた折にデミトリ殿達がナタリア姉さんと訪れて来たから、学園に戻るついでに父に護衛を任せられた」
「それにしては荷物が少なすぎないか……?」
アルセは護衛と旅の必需品以外持っていない。現役の学生なら、いくら休暇中の帰省とはいえほぼその身一つで実家に帰るのは考えにくい。
「制服や学業に必要なものは全て学園の寮に置いて来たから問題ない」
「休暇中に課題などは出ないのか……?」
あまり思い出したくはないが、イゴールが貴族学園から帰省した際「与えられた課題をこなすために協力しろ」という建前でちょっかいを掛けられた。
「王都を発つ前に済ませておいた。王都とセヴィラの行き来は槍一本抱えた状態の方が楽だからな」
――真面目な性格だと思っていたが、凄いな……
前世の記憶は朧気だが、学生だった頃に出された課題は休暇が終わる直前まで手を付けていなかったような気がする。
「それにしても、一人で旅をするのは不用心じゃないか?」
「それは……家族にも言われている。今回の旅は、私の感覚でも繁殖期とは言え異常な数の魔物と遭遇した。今まで運が良かっただけで、父の言う通り不測の事態に備えて従者を連れた方が良かったと反省している」
「そうした方が良いと思う……在学生と言う事はアルセ殿はこのまま王都に残るんだろう? ナタリア様とレズリーの帰路の護衛はどうするんだ?」
「繁殖期が終わるまで王都に滞在して貰う手もあるが、そうすると今度は冬の過酷な気候の中旅する事になるから違う意味で危険だ……」
馬車の速度を落としながらアルセが考え込む。
「ああ見えてレズリーはかなりやり手なんだが……ナタリア様を守りながらとなると魔物の相手は厳しいだろう。護衛依頼を冒険者ギルドに出す必要がありそうだな……」
「差し出がましい提案かも知れないがナタリア様から異論がなければ、道中一緒に行動したトワイライトダスクに指名依頼を出すのはどうだ?」
「確かに、見知らぬ相手に任せるよりも彼等に依頼した方が安心ではあるな。デミトリ殿の知り合いというのも大きい」
話が纏まった所でアルセが宿屋の前で馬車を停車させた。
「後で詳しく説明するがここは学生区だ。学園に通う学生向けの店が多いから物価も王都にしては抑えめで、治安も王都随一で良い。王都を訪れる学生の親族向けの宿も多く、ここもその一つだ」
「パティオ・アズール……?」
――まさか系列店なのか……?