「どうしよっか……」
「分からないな……」
宿の一室で、ヴァネッサと一緒に今後の身の振り方について頭を悩ませる。
ガナディア王国を欺くための建前だが、一応俺がアムールを訪れたのはエリック殿下と意見の交換をするためだ。それ以外の目的がないため王都でどう過ごすべきなのか分からない。
パティオ・アズールで部屋を取った後、俺とエリック殿下を取り次ぐためにナタリアはアルセとレズリーを連れて王立学園に向かった。収穫期の休暇中、エリック殿下がヴィーダ王国に帰省していなかったため学園寮に居ると考えたらしい。
エリック殿下の留学は表向きには見聞を広めるためと銘打っていたが、実際はヴィーダ王国の開戦派関連のいざこざから遠ざける事が目的だったため休暇中に帰省しなかったのも頷ける。
予想外だったのは、ナタリア達は殿下が下宿している学園寮に辿り着いた時肝心の殿下が不在だった事だ。
「友達の別荘に行ってキャンプかぁ……繁殖期で魔物が活発になってるのに大丈夫なのかな?」
「殿下を除けば基本的にアムール出身の生徒達ばかりだろう? 現地の人間が考えなしに他国の王子を誘うとは思えないが……」
殿下の部屋の留守を守っていた従者からエリック殿下が学友と共にアムール旅行をしている事を聞き、俺達が殿下に会えるのは休暇明けになりそうと宿に戻ったナタリアから申し訳なさそうに告げられた。
急にアムール王国への案内役に抜擢された彼女に予見できるような事ではないので気にしないで欲しいと伝えたものの、少なくない期間を共に過ごしたためナタリアが必要以上に気にしている事は俺だけでなくヴァネッサも察している。
「ナタリア様とレズリーが安全に帰るためには、冬に入る前に出発した方が良いんだよね?」
「ああ。アルセ殿曰く、魔物に襲われるよりもアムールの冬の厳しさの方が旅をする上で危険みたいだ」
「でも、肝心のエリック殿下が居ないとなると……」
「説得できそうにもないが今すぐヴィーダに向かって貰うか、いっその事春を迎えるまで王都に滞在して貰うのが一番安全だと思う」
実質手の打ちようが無いと言っても過言ではない。王都に着いたのでエリック殿下との面会は自分で何とかすると言ってもナタリアは王命を果たすと固辞するだろう。
「ナタリア様の性格だと先に帰るのは王命に背くからって断られそう……」
「期待は薄いが、ヴィーダに帰る事に了承して貰えたらナタリア達の護衛をトワイライトダスクに引き受けてもらえないか相談するのはどうかとアルセには提案している」
「マルコスさん達にお願いできるなら安心だね。でも一番現実的なのは春先まで待ってもらう事かな?」
「そうなりそうだな。完了の報告をする為に帰国しなければいけないと言われそうだが、そこはアルセとレズリーも巻き込んで説得しよう」
――――――――
ある程度ナタリア達の帰国について意見がまとまった段階で、ヴァネッサと共に宿を出て学生区を散策する事にした。
未だに今後何をするべきなのか未定の状態だが、セヴィラに居た時の様にずっと宿で過ごすことは俺もヴァネッサも避けたかった。
馬車で移動していた時にも思ったが、学園が休暇中のためか学生区の人通りはかなり少ない。学生向けの食堂や服飾店、雑貨屋に本屋等幅広い種類の店舗が並んでいるがほとんどが休業中だ。
「学生向けの武器屋さん……?」
閑静とした学生区の中、営業しているだけでなく槌が鉄を打つ音を響かせ一際存在感を放つ鍛冶屋にヴァネッサが注目した。
「学園に戦闘の授業があるのかもしれないな?」
「なんで疑問形なの?」
「俺はガナディアでほぼ教育を受けさせてもらえなかったからな。王立学園で教えている教科なんて想像もつかない」
「私も学校には行かせてもらえなかったから同じだよ。前世のファンタジー世界だと魔法科とか戦闘科とかあったよね」
興味津々の様子でヴァネッサが店先に並んだ武器や防具を眺める。
――学生向けの商品にしては、本格的すぎないか……?
明らかに競技用の模擬刀ではない真剣や冒険者が着込むようなしっかりとした防具ばかりが店先に並んでいる。
「あら、この時期にお客さんとは珍しいですね」
いつの間にか止んでいた鉄を打つ音の主と思われる人物が、俺とヴァネッサが眺めていた棚の後ろから現れた。
「手を止めさせてしまったみたいですまない。王都に来たばかりで観光がてら散策していただけで――」
「まぁまぁ、そう警戒しなくても良いじゃないですか。取って食べたりはしませんよ」
――その表現はやめて欲しいな……
棚の裏から現れた筋骨隆々の体長二メートルはありそうな男は、とてもではないが鉄を打っていたとは思えない赤い液体に濡れた巨大な槌を握り締めている。見間違いでなければあの液体はそのまま床に滴り落ちたためほぼ確実に金属の類ではないだろう。
「何を作ってたんですか?」
「気になりますか? ちょっと面白い素材が手に入ったので色々と試していた所なんですよ」
「面白い素材?」
男の異様な風貌を全く意に介さないヴァネッサが話す横で、収納鞄からヴィセンテの剣をいつでも取り出せるように無意識の内に左手を腰に置く。
「愛獣アースルスと言う魔物の角をお客さんが持ってきてくれたんです」
「「愛獣アースルス……?」」