「この依頼は今日中に完了報告まで済ませられそうなのか?」
「はい。ギルドの玄関前から乗れる定期馬車でシャウデの森に向かって頂き、コルボの討伐を終えて夕方の帰りの定期馬車に乗っていただければ日が暮れるまでにはジュールに帰還できるはずです」
受付の男性が羽ペンを手に取り、わざわざ帰りの定期馬車の時刻表等を小さな紙に書き始めた。
「駆け出しの冒険者が討伐するには少々荷が重いですが、銅級パーティーであれば問題なく討伐できる魔獣です。ソロで銀級まで到達しているデミトリさんには言うまでもないかも知れませんが、油断さえしなければ怪我無く本日中に完了できると判断致しました」
話しながら書き終えた物を受付がこちらに渡してきた。
「繁殖期のコルボは基本的に番で巣を守っていて、他の木よりも背が低く赤い幹が特徴的なマデランの木を住処にします。私は絵心が無いので申し訳ないのですが……こんな感じの、地面から複数の幹が枝分かれている木です」
渡された紙の隅には、受付が説明してくれた木の特徴と一致する落書きがあった。
「シャウデの森の中でマデランの木の色はかなり目立つので、こちらを目印にコルボを探して頂ければ銀級のデミトリさんであれば本日中に依頼を完了できると思います。ただこちらの討伐依頼の期限は収穫期の終わりまでなので、無理に本日中に完了する必要はありません」
「! わざわざ絵まで……何から何までありがとう。こちらの依頼を受注させてもらう」
「よろしくお願いします!」
受付の対応に感心しながら窓口を後にした。
メリシアの冒険者ギルドでは解雇されたノーラを除けば基本的に見習い受付嬢のリアとアレクシアとしかやり取りをした事が無かった。
彼女達の対応も素晴らしかったが、流石一国の王都のギルドの受付と言うべきか先程の受付はこちらの要望に沿った依頼の選定から討伐対象の説明と補足に至るまで対応に申し分無かった。
――エリック殿下との挨拶が済んだら、アムールに滞在している間冒険者として過ごすのも悪くないかもしれないな。
ヴィーダではなくアムールで冒険者登録した場合何か不利益が生じるような事が無ければヴァネッサも冒険者登録してもらい、一緒に依頼をこなせば街中で絡まれる頻度も劇的に下がるだろう。
そんな事を考えながら冒険者ギルドを出て、玄関の前に泊まっていたネージュ山の麓に広がるシャウデの森へと向かう定期馬車に乗りこみ馬車の屋形に座っていた先客の顔を見た瞬間、久しぶりに冒険者として活動する事に対して意外な程浮ついていた気分が一気に沈んだ。
「……何故お前がここに居るんだ」
「冒険者だから?」
――この馬車を逃したら次は確か昼過ぎの便しかない。乗らなければ今日中に依頼を終えてジュールに帰れそうにないな……
先に馬車に乗っていたセレーナから一番遠い席に着き、念のため身体強化と霧の魔法を発動する。
「昨日の去り際に言った事は――」
「覚えてるよ! 襲わなきゃいいんだよね?」
――……なぜこんな奴が野放しにされているんだ。
セレーナに襲われた後アルセから聞いたが、いくら再生魔法で襲った相手の傷を癒しているとはいえセレーナのやっている事は殺人未遂と略奪だ。
恐らく王立学園側が裏で手引きして特待生である彼女を守っていると聞いたせいで、ゴドフリーから教育に力を入れている一面を教えてもらい少しだけ上向いていたアムールに対する評価は俺の中で再び地の底をついた。
「はぁ……」
――……ヴィーダに帰りたいな。
ここ数週間の出来事に辟易として、アムールを嫌いにならないで欲しいと言ってくれたアルセには悪いがヴィーダ王国が恋しくなっている。
――ガナディアの使節団の滞在期間が短い事を祈るしかないな……
「強いと思ったけどお兄さんも冒険者だったんだ!」
「……」
「私はまだ鉄級なんだけど、お兄さんの等級は?」
――鉄級の冒険者がなぜアースルスの様な国獣に指定されているような魔獣を狩っているんだ……
これもまた宿に戻りアルセ達と情報共有をしている時に聞いた情報だが、アースルスの討伐は最低でも銀級以上の冒険者パーティーでなければ討伐依頼を受注できないらしい。
『たまたま出会って止む無く戦闘になったのであれば話は別だが……』
そう歯切れが悪そうに言ったアルセの浮かべた微妙な表情は、セレーナが正規の方法で依頼を受注せずに独断でアースルスを狩った可能性が高いと思わせるには十分だった。
無視を決め込んでも話し掛けるのをやめそうにないセレーナに釘を刺す。
「詮索するな。お前と話す事は何もない」
「……私はお兄さんを倒した後魔法で治すつもりだったけど、お兄さんは私の事殺そうとしてたよね? 鎧も結局弁償してくれなかったし少しぐらい話してくれても良いじゃん」
――頭がおかしいのか……?