残念ながらこの木にはコルボは住み着いていないみたいだが、遠くの木々の隙間からマデランの木と思わしき赤い何かが幾つか見える。
目測になってしまうが大体等間隔、およそ四百メートルおきにマデランの木が生えているようだ。
――毎年間引かれるコルボの数は五十羽程度と言っていたはずだ……仮に俺が最後の十羽の討伐を依頼されていた場合、定期馬車が停まった広場近辺に生えているマデランの木は少なくとも二十本はもうコルボが住み着いているのか確認されている可能性が高いだろうな。
ギルドの受付にコルボの縄張りの範囲を聞いておけば良かったと今更ながら後悔する。
想像する事しかできないが、一メートルを超すような怪鳥の縄張りがマデランの木を中心として僅か数百メートル程度とは思えない。
マデランの木が全て等間隔で生えていると仮定すると、コルボの縄張りが半径一キロ程ある場合数十キロは森の中に進まなければコルボに遭遇しない事も十分あり得る。
――……本当に悪い癖だな。
思考の沼に嵌りそうになったので、深呼吸を繰り返して思考を無理やり停止させる。
――あれ程丁寧な仕事をする受付が、ヴィーダ出身の俺でも今日中に依頼を終えられると判断して依頼を斡旋してくれたんだ。妙な事を考える前に体を動かすべきだな。
気持ちを切り替えて一番距離が近そうな赤色の何かに向かって走り出した。
余計な事を考えないように身体強化を維持しながら最高速で目指しているマデランの木に到着する事だけに集中する。
――やはり、考え過ぎていただけか。
「「カーーーー!!!!」」
一切保護色になっていないマデランの木の茶色い葉越しに目立つ白い羽を羽ばたかせ、ガラス玉の様な黒い瞳でこちらを睨みながら二羽のコルボが飛翔した。
「カーー!!」
飛翔した二羽のコルボの内、一回り体躯の小さい個体がこちらに向かって一直線に飛んで来た。剣を収納鞄から抜き出しながらその場を飛び退くと、襲って来たコルボは地面に衝突する寸前に空中で器用に身をのけぞらせ翼を広げて減速した。
――凄い飛行速度だな。
ちらりとマデランの木を見ると、もう一羽のコルボは木の上空で翼を羽ばたかせ滞空しながらこちらの様子を伺っている。
――同時に襲われた方が厄介だが……もう一羽は巣を守っているのか?
「カーーーー!!!!」
襲って来たコルボが力強く翼をはためかせ、土埃を巻き起こしながら飛び上がり低空で旋回し始めた。
幸いな事にマデランの木を囲む常緑樹の葉に視界を遮られても真白なコルボの姿を見失う事はなかったが、旋回している個体を常に視界に捉えようとするとどうしてもマデランの木の上で滞空している個体が死角に入ってしまう。
旋回している個体を追うために振り向いた直後、展開していた霧の中を何かが高速で突き進んだのを知覚した。
――今だ!!
横に体をずらしながら振り向きざまに斬撃を放つと、突進してきていたコルボの肩の付け根に剣が吸い込まれた。
「ガーーーー!!!!!!」
ヴィセンテの剣がほぼ抵抗なく突進してきたコルボの右翼を切断したのと同時に、旋回していた個体が今までで一番大きな鳴き声を上げながら背後から襲って来る。
「……一人で狩るような魔獣じゃないな」
振り向きながら、背後に発生させた水牢に囚われ水中で藻掻くコルボに向けて思わず情けない独り言を呟いてしまった。魔法を発動させなくても身体強化だけで躱せたとは思うが、怪我をする危険を冒すよりも安全を取る事にした。
攻撃後の隙を突いた見事な連携だったと感心しながら、剣を水牢の中で暴れるコルボの首に突き立てる。水牢にコルボの血が流れ出ていき、動かなくなったことを確認してから魔法を解除した。
「ガ、ガァ……!」
形を失い地面を流れた水牢の水に呑み込まれのたうち回る右翼を失ったコルボの元へと走り寄り、こちらの個体も首に剣を突き立てて手早く絶命させた。
狩り方が下手で無意味に苦しませた事に後悔を抱きながら、コルボ達の死体を収納鞄に仕舞う。
「巣の破壊か……」
コルボ達を仕舞うついでに収納鞄から取り出した依頼票に目を通して、依頼内容を再確認する。ギルドへの達成報告に必要なのはコルボの死体だけだが、コルボ達が作った巣の破壊も依頼に含まれるらしい。
マデランの木の下まで移動し頭上を見上げる。赤色の枝の中に、明らかに周囲の樹木から取って来たであろう焦げ茶色の枝で出来た巣が見える。
――コルボはただでさえ森の中で目立つ体色をしている。身を隠すのであればもっと高い木に巣を作るべきだと思うが、わざわざ簡単に登れるマデランの木に巣作りするのには理由があるのか……?
疑問に思いながら低めの枝を掴みながら木の幹を足場にして登り始めて、あっという間にコルボの巣に到達した。
――繁殖期も終盤に差し掛かっているのに、卵がない……
個体数が増えるわけではないのであれば討伐する必要が無かったのではないかと一瞬考えたが、コルボ達がジュールまで生息区域を伸ばすのを防ぐのも間引く理由の一つだったはずだ。
子宝に恵まれなかったからと言って放置はできないのだろうと納得し、空の巣を地面に蹴り落とした。
地面に降り、巣を掴んで地表に露出したマデランの木の根の上から湿った草の上まで引きずった。巣は思いの外頑丈で、乱暴に扱っているのに枝が外れ落ちる事は無かった。
――ここでいいか。
周囲に引火しないよう適当に巣を岩で囲んでから、収納鞄に仕舞っていた火起こし様の油と火打石を取り出して巣に火を灯す。
命を繋ごうとしていた魔獣の巣で即席の焚火のような物を作った事に対して微妙な心境に陥りながら、思いのほか勢いよく燃え上がった巣が炭化していくのを眺める。
――これぐらいでいいだろう。
原形を留めていない巣を水魔法で消化して、乱雑に燃え尽きていなかった枝を踏み砕く。
――水牢で磨り潰した方が早いんだが……依頼票の内容に従った方が良さそうだな。
巣を燃やすと言う処理の指定があったのが気になるが冒険者ギルドの事だ。俺はコルボの生態に詳しくないが、個体数を管理するほど調べているのであればこの巣の破壊方法にも意味があるんだろう。
「後八羽か……」
この調子なら順調に進めば予定通り今日中に帰れそうだなと考えながら、次のマデランの木を目指して走り出した。