「デミトリさん、この後ご予定は有りますか?」
取調室を後にして城門を潜った後、俺がコルボの雛をテイムしたと認定したジュール冒険者ギルド所属テイマー、ファビアンから声を掛けられた。
「特に予定はないんだが……急にこんな事を聞かれても困ると思うが、逆にファビアンさんの都合は空いているだろうか? 俺はこの雛をテイムしたつもりも無ければ魔獣の飼育方法やコルボの生態について全く分からない。不躾な願いで恐縮だが、可能であればテイマーであるファビアンさんの知恵を貸してもらいたい――」
「素晴らしい!!」
「ピー!?!?」
「すみません、つい大声を出してしまいました」
大声に驚き鳴き始めた雛を宥めていると、ファビアンが目を細めた。
「生まれたばかりで既にそこまでの繋がりがあるのは、稀有な事です」
「……繋がり?」
愛し子の事を思い出させる不穏な単語に一瞬身構えそうになったが、なんとか態度に出さずに済んだ。
「デミトリさんは、魔物と魔獣の違いをご存じですか?」
――いきなり何だ……?
「……魔獣は魔石を体内に宿した獣の総称で、魔物は瘴気のような淀んだ魔力から生まれた存在で合っているか?」
グラードフ領を出るまで魔物と魔獣の区別の仕方を理解していなかったが、メリシアで冒険者の新人研修を受けた時にそう説明されたはずだ。
「ほぼほぼ正解です。でもそれ以外にも色々と違いがあるんです」
ファビアンが手を上げて、ここまで送ってくれた定期馬車が彼の前で停車した。
「元々定期馬車でギルドまで行くつもりでしたよね? コルボの飼育例がないので魔獣の生態と、テイムについて色々と共有したいので続きはギルドで話しましょう」
――――――――
「ピー!」
「生まれて一日も経たないのに本当に肉を与えても良いのか?」
「普通の鳥の基準を魔獣に当て嵌めて考えたらだめですよ」
冒険者ギルドの会議室に置かれたテーブルの上で、コルボの雛が食べやすい大きさに切り分けたいつも常備している干し肉を元気よく食べる。
「さて、テイマーとして知っておくべき事なのでまずは魔物と魔獣の違いについて説明させて頂きます」
ファビアンが手を叩くと、彼の被っていたつば付きの帽子がテーブルに飛び乗った。
「ピー!!」
「おっと、驚かせてしまってすみません」
頬張っていた干し肉を放り捨てて俺の胸に飛び込んだ雛を慌てて受け止める。
「彼は私がテイムした魔物です」
「……リビング・アーマーのようなものか?」
「珍しい魔物なのによくご存じですね! でも違います、彼はミミックです」
ファビアンがテーブルに飛び乗った帽子を持ち上げると、つばに隠された四本の小さな足のような触手をミミックがばたばたと動かした。触手に気を取られてしまったが、よく見ると帽子の中は鋭利な歯で埋め尽くされている。
「……被っても平気なのか?」
「テイムしてますからね!」
得意げにそう言ったファビアンがミミックを持ち上げて顔色一つ変えずに再び頭に被せた。
――そう言う問題じゃないだろう……
「早速ですが、デミトリさんはミミックの繁殖方法をご存じですか?」
「ミミックの……? 想像もつかないな」
「それでは、先程仰っていたリビング・アーマーは?」
「……分からない。ミミックもリビング・アーマーも繁殖するのではなく、新しい個体が生まれ落ちるんじゃないのか?」
色々と考えてみたが、リビング・アーマーやミミックの様な魔物化した無機物は瘴気に浸食された何かから生まれているか、突然現れているとしか思えない。
「正解です! 一部の例外を除いて魔物は繁殖が出来ず、瘴気溜まり等から自然発生すると言われています。各国の学院で詳しい発生条件について研究されていますが、未だにその原理は解明されていません」
ファビアンが未だに俺の胸の中で震えている雛を指差した。
「対照的に魔獣は普通の動物と同様に繁殖します。これは元々は魔石を持たない普通の生き物が、突然変異で魔石を得たからだと考えられています」
「……クァールの様な魔獣もか?」
クァールは豹に似ているが、豹はクァールと違い六つ足ではないし肩から触手を生やしていない。
「本当にお詳しいんですね! 勿論クァールもそうです。我々の見知った動物とは異なる特徴を持つ魔獣については解明されていない事が多いんです。最も有力な説は絶滅してしまった動物の魔獣だけが生き残ったという説と、魔獣が動物と同じく世代を経て進化するという説です」
――……異世界人の仕業か……?
進化論に基づいた考えが既にこの世界で浸透している事に驚く。
「……ファビアンは学院に所属していたのか?」
「ご明察です。好きが興じて研究の対象としてではなく私自身がテイムしてみたいと考えて、紆余曲折あり今はジュール冒険者ギルドの専属テイマーをしています」
――学院に所属していたファビアンが進化論について知っていると言う事は、進化論を広めた異世界人は研究職に就いていたのか……?
心の中で王立学院と研究者が所属しそうな施設には近寄らないと固く誓う。
「大分話が反れてしまいましたがここまで魔物と魔獣について説明したのには理由があります。魔獣と魔物は似て非なる存在で、それぞれ共通するテイムの方法と独自のテイムの方法があります」