いくら俺とヴァネッサが王家の影に所属しているとは言え、急にそんな事が許される訳が無いと思いイバイの方を見たが彼も静かに頷いていた。
「王族の場合授業に出席する時も護衛の同伴が許可されてるから、デミトリには学園で行動を共にして貰いたいんだ」
「……エリック殿下と共にアムールまで来た従者の方々を差し置いて護衛をするのは――」
「その話し方をやめよう!」
手を差し出して制止して来たエリック殿下の行動に困惑する。
「ですが――」
「兄さんとは砕けた口調なのに、僕に丁寧に話されたら気持ち悪いよ!」
――アルフォンソ殿下は手紙でどこまで共有したんだ……
「……分かった。さっきの話に戻るが、意見交換の為にエリック殿下の元を訪れた俺が護衛として殿下と行動を共にするのはおかしくないだろうか?」
エリック殿下の背後で護衛を全うしているイバイ達に視線を移す。
「ヴィーダを離れ、アムールに渡ってまでエリック殿下の身を守るために従事している彼等を差し置いて俺が護衛をするのは……彼等にあまりにも失礼過ぎる」
「デミトリ殿……!」
当たり前のことを言っただけのつもりだったが、なぜだかイバイと彼の背後に立っていた護衛達が俺の発言に大袈裟に反応した。
「……デミトリの言っている事も分かるけど、意見交換をするために行動を共にしてるって言えば問題ないよ。護衛と言っても学園内では形式的なものでほぼ危険は無いからね。デミトリがガナディアについて教えてくれる代わりに、学園で学ぶ環境を見せるために同行して貰ってるって言えば問題ないから」
「なるほど……?」
ほぼ危険が無いと言ったのが少し引っ掛ったが、王族ともなると完全に安全が確保された場所などないのかもしれないと納得する。
「……理由を説明した方が納得してもらえそうだね。デミトリは僕の事をどれぐらい知ってる?」
「申し訳ないが、開戦派が不穏な動きをしていたためアムールに留学中という情報しか聞いていない」
「謝らなくてもいいよ! デミトリは開戦派の件について把握してるから話が早そうだ。留学もそうなんだけど、開戦派のせいで僕には婚約者がいなくてね」
俺が手を顎に当ててエリック殿下の発言の意図について考え始めた瞬間、エリック殿下が慌てて早口で話し出した。
「違うから! アムールの文化に毒されて恋愛話に持って行こうとしてるわけじゃないから!!」
「いや、そんな事は疑っていなかったんだが……大方、婚約者を決めてしまうとその貴族家に開戦派が圧力を掛けたり、開戦派の令嬢が婚約者になるように画策されたりと面倒事になるのを避けたかったんだろう?」
「その通りだよ! よかった、勘違いされたらどうしようと思って」
――殿下のこの焦り具合はなんなんだ?
「わざわざ婚約者が居ない事を共有したと言う事は、それで何か問題が発生しているのか?」
「……そうなんだ。学園でちょっと面倒な事になってて」
婚約者が居ない事で起こる面倒事は、角度が違うだけで結局恋愛話に当て嵌まるような気がするが……指摘せずに殿下の言葉を待つ。
「とある令嬢が大暴れしてて……」
「「大暴れ?」」
横で話を聞いていたナタリアも、あまりの内容に思わず聞き返してしまったようだ。
「僕の口からは彼女の名誉を貶めない形で彼女の行いを説明できないから詳細について明言するのは控えるけど――」
――そこまで言われるとは、一体何をしたんだ……
「――ヴィーダ王国とアムール王国が同盟国なのは知ってるよね? 留学を受け入れてもらっただけじゃなくて、アムールに不慣れだった僕が困らないようにアムール王国の第一王子、クリスチャン殿下が色々と良くしてくれたんだけど……彼と行動を共にすると高確率でその令嬢と遭遇するんだ」
どんよりとした空気を纏いながら、エリック殿下が力なく笑った。
「クリスチャン殿下に誘われて収穫期休暇中、ハイラット領にある王家の別荘にお邪魔することになったんだけどね? 当然のようにハイラット領にその娘が居た時は笑っちゃったよ……」
「それは……」
たまたま同じ領にその令嬢が居たとしても常に行動を共にする訳ではないのではないかと一瞬考えたが、 打ちひしがれている殿下の様子から察するにそうはならなかったようだ。
「あの、その令嬢がハイラット領にいらっしゃっても行動を常に共にするわけではないのでは……?」
俺が遠慮していた指摘をナタリアが投げかけると、エリック殿下は分かりやすく肩を丸めた。
「そうだよね、普通はナタリア嬢の言う通りだよ……でも『たまには男友達だけで過ごしてみないか』ってクリスチャン殿下に誘われたから付いて行ったのに、その令嬢とハイラット領で遭遇したら『せっかくだから一緒に別荘に来ないか』ってクリスチャン殿下がその娘も招待したんだよ?」