「えっ!? そうだったんですね……」
――クリスチャン殿下に誘われた身のエリック殿下からすれば回避不可能だな……
あまりにも衝撃的な内容にナタリアが驚愕しているが無理はない。
たまたまその場に居合わせただけの令嬢の事を王族であるクリスチャン殿下が気軽に別荘に招待して、休暇を共に過ごしたことは控えめに表現してもおかしいとしか思えない。
殿下達はまだ学生とは言えれっきとした王族だ。休暇中の行動は学業とは関係がないし、王族としてふさわしい振る舞いが求められる。
厳しく見るのであればクリスチャン殿下は同盟国の王族を接待している立場でありながら、エリック殿下に相談も無く急遽自国の令嬢を同伴させたようなものだ。学生同士だという色眼鏡を掛けたとしてもあまりにも軽率な行動だ。
――その令嬢に婚約者が居るのかどうか分からないが、婚約者の居ないエリック殿下が彼女と休暇中逢引きしていたと噂されたらクリスチャン殿下はどう責任を取るつもりだったんだ?
それだけではない。第一王子であれば余程の事情が無ければ婚約者がいるはずだ。クリスチャン殿下自身、このことが知れ渡ったら醜聞所では済まない気がするが……
「学園ではその娘だけじゃなくて、僕が婚約者が居ないからだと思うけどひっきりなしに女生徒が話し掛けてくるから、ハイラット領で過ごすのを凄く本当に楽しみにしてたのに……」
世の男性の多くを敵に回しそうな発言をしながら、未だに不本意な形で過ごした休暇について愚痴を溢すエリック殿下になんと言えばいいのか分からずナタリアの様子を確認すると、彼女も困った顔をしていた。
――相当参っているみたいだな……
エリック殿下は婚約相手が居ない王族と言うだけで普通の人間よりも色仕掛けに遭う確率が高いだろう。そこにアムールの国柄が加わり、輪に掛けてエリック殿下の状況を悪化させているのだろうと言う事は想像に難しくない。
――もどかしいが、下手に口出しをしたり何か進言するのは出過ぎた真似だろうな……
相手は王族で、俺は今ヴィーダ王家に仕える王家の影の一員だ。
アルフォンソ殿下であれば殿下の心の広さに甘える形にはなるが、信頼関係があると分かっているので率直な意見を言えたかもしれない。だがエリック殿下とは出会ったばかりだ。
――個人的にはいくら同盟国の第一王子とは言え、クリスチャン殿下との付き合い方を考え直した方が良いかもしれないと思うが余計な事は言わない方がいいな。
「……色々と大変なのは分かったが、俺に学園での護衛をお願いしたい理由がまだ分からない」
話を本筋に引き戻すためにそうエリック殿下に問うと、決意に満ちた表情を浮かべエリック殿下がゆっくりと語り出した。
「……すごく良くしてくれたクリスチャン殿下には悪いんだけど、デミトリがアムールに滞在している少しの間だけでいいから彼と距離を置きたいんだ。デミトリと意見交換する事を優先しているって言えば誘いを断りやすくなるはずだから……」
クリスチャン殿下と言うよりも彼の周りをうろつく件の令嬢から距離を置きたいのが本音だとは思うが、エリック殿下も今の状況は自分にとって良くない事に気付いているようで安心する。
わざわざアムール滞在中の俺とヴァネッサを傍に置きたいと言って来た時は少し身構えてしまったが、俺達がアムールに滞在中少しでも悩みを解決できるのであれば全力で力になろう。
「諸々理解した。一応ヴァネッサにも事前に相談させて貰いたいが、俺個人としてはエリック殿下に協力したい」
「ありがとう……!」
「ただ、俺が護衛としてエリック殿下と行動を共にしても無意味かもしれない。そこは一緒に対策を考えさせてくれ」
「えっ……!?」
俺の返事に歓喜したのも束の間、驚愕で表情を固めてしまったエリック殿下に考えを共有する。
「エリック殿下とクリスチャン殿下の関係は、例の令嬢の件を除けば良好なんだろう?」
「……そうだよ?」
「形式上護衛と言う形で行動を共にしても、俺がエリック殿下の客人だと周りに説明するのであればクリスチャン殿下の誘いは断り切れないと思う」
「……どうして?」
「ハイラット領でたまたま居合わせた令嬢を別荘に招待する位だ、最初の数回は誘いを断る事が出来ても、『エリック殿下の客人も一緒に是非』と二人纏めて誘われたり、『私も見聞を広めるために話を聞きたい』と言って来たらエリック殿下は断りきれないんじゃないのか?」
血の気が引き、まるで希望が打ち砕かれ絶望したような表情を浮かべたエリック殿下に掛ける言葉を探していると、今まで静かに話を聞いていたナタリアが会話に参加した。
「エリック殿下ではなく、デミトリさんなら上手く断れるんじゃないですか?」