「「「「「おはようございます、エリック様!!」」」」」」
「……おはよう」
「ちょっと、私達がエリック様と話してるのに割り込んでこないでよ!」
「エリック様、休暇中どう過ごしていたのか続きを聞かせてください!」
校舎の手前の空地でエリック殿下が女生徒に囲まれ、身動きが取れなくなってから既に十分ほど経過している。
女生徒にしつこく引き留められ、対応している間にまた別の女生徒が現れ周囲に加わって行くため収拾が付かなくなっている。
始業の三十分前に殿下と集合して校舎に向けて出発すると聞いた時は意味が分からなかったが、この足止めを予見しての事らしい。
――腕輪を嵌めているからか俺の事は眼中にないみたいだが……このままでは埒が明かないな。
「殿下、お約束の件があるのでそろそろ……」
「! そうだね、待たせてしまってすまない。皆、僕は用事があるのでこの辺で失礼するよ!」
「そんな、待ってくだ――」
一人の生徒が校舎に向けて歩き出そうとしたエリック殿下の袖を掴もうとした瞬間、わざと魔力を乱した。
解き放たれた魔力の重圧に、殿下の袖を掴もうとした生徒がその場でへたり込み周囲の女生徒は顔を引きつらせながらあとずさりする。
――これだけ脅せば――
「ピー!?」
「シエル!? すまない、驚かせてしまったな」
上着の内ポケットに忍ばせていたシエルが飛び出して、俺の肩に乗りながら抗議のつもりか分からないが小さな翼でぺちぺちと首を叩いて来た。
魔力の制御を再開してシエルを宥めていると、周囲の視線に気づき慌ててシエルをポケットにしまった。
「……行きましょう、殿下」
「う、うん」
もはや恐怖ではなくぽかんとした表情でこちらを見つめていた生徒達からある程度離れ、周囲に生徒が居ない校舎の入口に到着したところで殿下が小声で話しかけて来た。
「気を利かせてくれてありがとう、助かったよ!」
「登校前の時点でああだと先が思いやられるな……」
「授業中は流石に声を掛けられないから」
苦笑いを浮かべながら殿下がそう言ったが、それは要するに授業の合間や休み時間は先程のような状況が続くと言っているようなものだ。かなりの負担を感じているはずだがよく耐えていると思う。
――少しでも負担を減らせられれば良いが……
シエルが驚かない程度に魔力の制御を緩めて、周囲に魔力の揺らぎを放つ。
「そこまでしてくれなくても大丈夫だよ?」
「教室に着いたら魔力を制御するつもりだから安心してくれ」
校内を移動中、女生徒は疎か男生徒も俺と殿下から一定の距離を保ち皆廊下の端に沿ってこちらを伺っていた。結果的にエリック殿下が廊下の中央を闊歩しているような構図となってしまい少しだけやり過ぎたかもしれないと後悔しながら殿下の教室に到着した。
「おはようエリック殿下」
「おはようクリスチャン殿下」
教室の扉を開けた瞬間、特徴的な紫色の髪をした長身の生徒が爽やかな笑顔を浮かべながらエリック殿下の元に寄って来た。着ている制服自体は周囲の生徒と同じもののはずなのに、より高価な素材を使って仕立てているのか彼の着こなしが上手いのか分からないがどことなく高貴さを感じる。
――彼がクリスチャン殿下か……
「ハイラット領を出るのがギリギリになってすまない。本格的に冬を迎える前に王都に帰れて良かった」
「あれはクリスチャン殿下のせいじゃないと思うけど……」
何があったのか分からないが、クリスチャン殿下と話すエリック殿下の声からは疲れが滲み出てる。
「そう言って貰えると助かる……そっちは、新しい護衛か?」
イバイから聞いた話だがエリック殿下が留学している期間中、従者団には特に人事の変更は無く同じ人員で殿下の身の回りの世話に当たっていたらしい。
いつもの護衛の顔ぶれと違う俺を見ながら、クリスチャン殿下が首を傾げる。
「そうだけど、それだけじゃないんだ。彼は僕の兄さんが賓客として扱ってるガナディアからの亡命者なんだ。今はヴィーダ国民だけど、アムールだけでなく隣国のガナディアについて僕が見聞を広められるようにわざわざ来てもらったんだ」
「ほーう、じゃあ護衛はついでで主目的は意見交換なのか?」
「うん、滞在期間が決まってないからなるべく話す機会を増やすために護衛の任を兼任して貰ってる」
「ガナディアの人間と話せる機会は稀だろうし貴重な意見が聞けそうだな」
口をはさむべきではないと思い二人の王子達の会話を聞くことに徹しているが、クリスチャン殿下の発言の節々から違和感を感じる。同盟国なのでクリスチャン殿下もガナディアの使節団の件を知っていそうだが……
「よろしく、俺はアムール王国第一王子のクリスチャンだ」
「よろしくお願いします。エリック殿下よりご紹介に預かったデミトリです」
「年もそう離れてなさそうだしここは王立学園だ。変に畏まらなくてもいい」
唐突にこちらに話しかけて来たクリスチャン殿下がおかしなことを言い始めた。