「みなさん、席について下さい」
殿下とセレーナの件で頭を悩ませていると、くたびれた茶色いスーツを着た男性がいつの間にか壇上に立っていた。年季の入った大きな革仕立ての鞄から教材を取り出しながら、出席を取り始めた。
「休暇明けで休み気分が抜けてない生徒も多いと思うので、抜き打ちテストを行います!」
「ええーー!?」
「横暴だ!」
「デジレ先生が独り身で休みを楽しめなかったからってひどい!」
「静かに!!」
最後の発言が相当頭に来たのか、微笑んだまま怒鳴ると言う器用な芸当をこなしながらデジレと呼ばれた教員が鞄の中から追加で紙の束を取り出した。
「休んで元気が有り余ってるみたいなので――」
取り出した紙の束を壇上に叩きつけてデジレが生徒達を見渡す。
「抜き打ちテストで合格点を取れなかった生徒には追加で課題を出します。休暇中に出した課題も、適当にやっていたらやり直しに加えて追加課題を出させてもらうのでそのつもりで」
デジレの発言に講堂が阿鼻叫喚に包まれたが、騒ぐ生徒達を無視してデジレがテスト用紙を配り始めた。エリック殿下の元まで回って来た余ったテスト用紙の束から彼が一枚取った後、殿下が立ち上がった。
「殿下、俺が返しに行くから座っていてくれ」
「そこまでしてもらわなくても――」
「クリスチャン殿下に嫌われる作戦だが、護衛として不適切だと付け入る隙まで与えてしまったら最悪俺は学園に同行できなくなるかもしれない。急には難しいかもしれないが、学園ではイバイ達と同じように扱ってくれ」
「……分かった!」
エリック殿下から余りのテスト用紙を受け取り壇上のデジレの元に向かう。生徒達から奇異の視線を向けられ、準備する時間がなかったので仕方がないが私服で護衛に当たるべきではなかったと後悔する。
「余りのテスト用紙です」
「ありがとうございます……? あなたは?」
事前に学園側には殿下の護衛担当が変わる旨は従者団から報告されているはずだが、姿描を渡しているわけではないので見ただけでは俺だと気づかないとは思っていた。
「ヴィーダ王国第二王子、エリック殿下の護衛を任された者です。従者団より学園に人員変更の申し出があったはずですが――」
「ああ、あなたがそうですか! 失礼ながら服装と年齢から制服を忘れた他の教室の生徒が紛れ込んだのかと思いました」
「急な変更で混乱を招いてしまい申し訳ありません。私は授業の妨げにならないように殿下の傍で静かにしているので、居ないものとして扱って下さい」
「お若いのにしっかりとしてますね! 分かりました。せっかくなので余りの用紙を一枚持って行ってください、エリック殿下達が日々どんな事を学んでいるのか分かりますよ?」
「ありがとうございます、有り難く頂戴します」
テスト用紙の余りを一枚デジレから受け取り振り向くと、最前列に座っているセレーナとアルセと目が合った。アルセが軽く頷いたので頷き返したが、熱心にこちらを見るセレーナにはどう対応するべきか分からずそのまま壇上を後にしてエリック殿下の席に戻った。
「それでは抜き打ちテストを開始します! 回答時間は四十五分です!」
デジレの声掛けと共に一斉に生徒達が一斉にテスト用紙をめくり、講堂内は紙の上を滑るペンの音で充満した。エリック殿下の邪魔をする訳にはいかないので、デジレに渡されたテスト用紙を確認しながら時が過ぎるのを待つ。
――面白い試験内容だな……
一つの教科に絞った訳ではなく、複数の教科から満遍なく問題が出題されているようだ。休暇明けに習っていない内容について試験を行う意味はないので、恐らく休暇前までの授業で教えられた範囲が出題されているのだろう。
――仮に俺が試験を受けていたら、合格点を取るのは不可能だろうな……
前世の知識に当てはめて考えると、辛うじて数学の問題と国語の問題は出題文を見ながら及第点を取れそうだが、大陸史と神話に関する質問はそもそも知識がないので解きようがない。
魔導学に関する出題は恐らく魔法や魔道具等に関するものだと思うが、こちらも答えるのは難しそうだ。
『問五:相反する属性魔法を動力源とした魔道具作成に成功した事例と、その動力機構の原理を答えよ』
――辛うじて四大属性で相反しているのが火と水、風と土だと言う事は分かっているが……
土を動力源にする術など思いつかないので、おそらく火と水だと思うが……水蒸気を利用した原動機なんてこの世界に有っただろうか? 車は疎か、列車も見た事も聞いたことも無い。
アムールやヴィーダで普及している物から推察するに、温水を出す魔道具だけでなく当たり前の様に水道が生活の一部になっている。もしかすると、ポンプの魔道具みたいなものがあるのかもしれない。
学園で学ぶ学問の範囲について無知な事に対して、焦りこそ感じないがもったいないとは思う。今更学び舎に通うつもりはないが、機会があったら独学でもいいので一般常識の範囲位は把握したい。