――俺自身ミネアの神呪で月光に晒されるとおかしな思考を巡らせたり妙な行動を起こすことがある。セレーナも同じ状況だとすると……
「……悪かった」
「?」
「助けてあげて欲しいと言っていたが……約束はできない。だが話は聞こう」
「え……? どうして急に……」
「先程の俺の物言いがセレーナに対して不公平だと思っただけだ……」
俺自身月の女神の神呪でおかしな行動をした事がある。セレーナとの出会い方が最悪だったとしても、自分の事は棚に上げて真っ先にセレーナの人格を批判したのはあまりにも思慮に掛けていた。
愛の女神がセレーナの行動に関して、全面的に自分に非があると認めているのであれば猶更だ。
――クリスチャン殿下との一件もそうだが、アムールに来てからいつにも増して心の余裕がなくなっているな……
「無理させてない?」
「何故こちらが歩み寄ろうとしたら、今度は引き下がろうとするんだ」
「ごめん……」
「念のためにもう一度言っておくが、詫びの気持ちも込みで話は聞くが助ける件については約束していないからな?」
そもそも、俺自身様々な神々に呪われているのに今の所自身の神呪に関しては何も解決出来ていない。そんな状態で他人を助けられるとは到底思えないので、聞くだけ無駄な可能性が高い。
「分かった。ありがとう、デミトリ君……!」
安心したのか愛の女神がその場でへたり込んだ。よくよく考えてみると、こんな奇抜な格好をした存在と一緒に居るのを見られたら妙なうわさが広がるに違いないと思い、改めて周囲に誰もいないのか確認する。
「今は君の事も私の事も誰にも見えなくしてるから大丈夫だよ」
「……そうか」
心を読んでいるのか、俺の様子から察したのか判断が付かないな……。
「セレーナの事、多分目付け役のアルセ君から聞いてるよね?」
「ある程度、特待生として学園に招かれた背景は聞いている。後は、セレーナに襲われる前に鍛冶屋の店主のゴドフリーからある程度学園外での行動について聞いた」
「……あまり、良くは言われてなかったよね?」
「それは……」
見下ろす形で話すのは気持ちが良いものではないので、唇を噛みながら話し続けるのを逡巡している様子の愛の女神の隣でしゃがみ目線を合わせる。
「……フィーネは愛の女神なんだろう?」
「そうだよ?」
「俺も詳しくないが神呪は罰と言うよりも試練や、場合によっては激励の意味で授けられるものだろう?」
以前ジュリアンとトリスティシアに共有された神呪についての情報を繋ぎ合わせながら確認する。
「うん。デミトリ君の認識で合ってるよ」
「本当にセレーナを苦しめたかったわけじゃないんだな?」
「……信じてもらえないかもしれないけど、私はセレーナの幸せしか願ってないよ」
小声ながら、力強くそう言い切った愛の女神が嘘を付いているとは思えない。
――愛の女神が授ける自制心が緩む神呪か。本当に愛の女神が神呪を授けた愛し子に苦しんで欲しい訳ではないのであれば……
「俺の偏見が混じっているかもしれないが、愛の女神の神呪なら……愛に関連する呪いが一般的じゃないのか? 自制心が働き辛くなるにしても、例えば『恋に消極的な人間が、自制心が働かず思い人に衝動的に告白してしまう』みたいな効力であれば、まだ分かるんだが……」
「愛に関連した神呪なのは間違ってないよ。良く勘違いされちゃうんだけど、私は恋愛だけじゃなくてあらゆる愛を司ってるの。私がセレーナに神呪を授けたのは、彼女に欠けてた自己愛を補ってあげたかったから」
アムールの国柄のせいもあるかもしれないが、先入観からフィーネが恋愛を司っていると思い込んでいた。
「自己愛を補う……?」
「セレーナは前世で酷い目に遭って心の傷がまだ癒えてないから、助けたくて――」
「待ってくれ、彼女は転生者なのか??」
「うん。でもデミトリ君とは違うよ?」
――俺とは違う……?
「ごめんね、さっき神呪と加護を確認した時に見ちゃったの。デミトリ君は元々異世界の子だよね? セレーナは元からこの世界の子だから」
「そういう事か……」
異世界人の転生者や転移者ばかりと遭遇していたので、この世界の人間が神の手によって転生している可能性について、完全に頭から抜け落ちていた。
「セレーナはずっと周囲の期待に応えようと自分を押し殺して、前世では理不尽に殺されたから……今世では絶対に幸せになって欲しいの」
「……彼女に一体何があったんだ?」
「セレーナの前世はソレイル・ルーゼ、今はもうなくなったルーゼ公爵家の令嬢だったの」
無くなったと言う事は、没落したと言う事だろうか? 公爵家がそんな末路を辿るなんて、余程の事が無ければあり得ないが・・・・・・。
「あまり……詳しくなにをされたのかは話したくないから、かいつまんで説明しても良い?」
「……ああ」
セレーナが受けた前世の仕打ちを思い出したからか分からないが、フィーネが再びあの逆らいようのない重圧を放ち始めたので否とは言えなかった。