「急ぎの依頼の場合はどうするんだ……?」
アムールは雪国だ。雪害に遭った人間の救難依頼や、行方不明者の捜索依頼も無くはないだろう。依頼を出したいのにギルド側の審査や調査のせいで依頼の掲載が遅れて、人命が失われでもしたらギルドは非難を免れないと思うが……。
「緊急依頼の場合は、ギルド側の判断で特例対応を行う事もありますが非常に稀ですね。時と場合によって対応が変わるのであくまで特例対応の一例ですが、依頼主都合で依頼の掲載を早めたい場合は依頼主の方にご自身の情報を纏めてもらった上で証人を立てて貰う形で対応した実績が当ギルドでもあります」
「なるほど、そうすればギルド側の負担はほぼないな」
「他には、依頼に失敗しても冒険者に一切責任を問わない事と、依頼達成の有無にかかわらず必ず一定額の報酬金額を支払うという条件に了承して頂いたという例もあります」
後者の例が、先程想像していた災害時の救難依頼のような緊急依頼が当て嵌まる条件なのかも知れない。
「諸々理解した。詳細を共有してくれてありがとう」
「どういたしまして! 依頼票をご確認頂いてその他に気になる点があったら声を掛けてください」
机に並べられた依頼票を一つ一つ手に取り、内容を確認していく。
来週末、アムール国立劇場で公演される劇で舞台係の手伝い……メリネッテ王妃記念公園の池の清掃……求婚の手伝い??
渡された依頼票の内容を流し読みして困惑する。てっきり雪かきや、ヴィーダで聞いた事がある土木業関連の依頼か運搬依頼を紹介されると想像していた。
――劇にはあまり良い印象が無い……それに求婚の手伝いは、依頼票を読んでも何をして欲しいのか良く分からないな。この中なら、公園の池の清掃が一番ましだと思うが……。
「そちらの依頼が気になりますか? 一応条件に合うのでお出ししましたが、この中だと一番大変かもしれません」
「依頼票に書かれてないから念のため確認するが、池が凍り付いていると言うわけではないんだな?」
「この時期だと、池はまだ凍っていないはずですが時間の問題ですね。達成期間が来週末までとなっているのはそのためでしょう」
ギルド職員の話を聞きながら、依頼票の達成条件の欄に注目する。
「達成条件の欄に、清掃完了の有無を問わず報酬金が満額支払われると書かれているが……」
「こちらは先程説明させて頂いた、依頼主が慌てて出した緊急依頼の典型例ですね。冬入りする前に依頼していた清掃業者が急に対応できなくなって、急遽ギルドに依頼を出す事になったと聞いています」
依頼票に書かれた内容をじっくりと読み込む。
池は直径三十メートルで水深が一番深い所で二メートル半。清掃するのは池の底に溜まった落ち葉、汚泥、ゴミと来園客の落とし物。清掃用の道具は持参必須で、作業可能な時間は閉園後の夜のみ。報酬額は六十五万ゼルか……
――水魔法を使えばなんとかなるか……?
「この依頼を受注したい」
「畏まりました!」
――――――――
依頼の受注の手続きを終え、窓口を離れると丁度ヴァネッサがギルドに入って来た。
「デミトリ! 護衛はどうしたの?」
「色々とあって、午後の予定が空いたんだ。依頼はどうだった?」
「ヴァネッサ殿のおかげで滞りなく終える事が出来た」
トワイライトダスクの面々が、外套に乗った雪を払ってからヴァネッサの後に続きギルドに踏み入れた。
「急な話だったのにも関わらず、協力を申し出てくれて感謝する! 本当に助かった」
「俺は何もしてないが、ヴァネッサは手柄だったな」
「やっぱり火の魔法が使えると断然楽だね!」
「……風魔法しか使えなくて悪かったわね」
「ちが――」
口論に発展しそうなジェニファーとエミリオの事を、イラティが冷めた目で眺める。
「エミリオ……一言多い」
学園が再開する前日、ヴァネッサと一緒に杖を買いに訪れたゴドフリーの鍛冶屋で、たまたまマルコス達と再会した。
世間話をしながら彼等が現在受注している依頼について聞いた所、街道に現れたフロスト・スライムと呼ばれる魔物の討伐に苦戦していて困っている事を共有された。
通常のスライム同様流動する体の中にある魔石が埋め込まれた核を破壊すれば倒せるものの、フロスト・スライムは魔力が尽きるまでどんな攻撃を受けてもその衝撃と合わせて体を凍らせてしまうらしい。
氷結したスライムの硬度は普通の氷をはるかに凌ぐ。
氷の魔物に対する有効打が無いトワイライトダスクは、苦肉の策でジェニファーの風魔法でフロスト・スライムの魔力が尽きるまで攻撃し続けて氷結化を解除したり、イラティの大盾で無理やり凍ったスライムを砕くなどしてある程度フロスト・スライムの数を減らしてから、このままでは埒が明かないと判断して一旦街に戻って対策を練っている所だった。