池のあまりの惨状に嘆息しそうになったが、息を無駄には出来ない。
吐きそうになった息をなんとか押し留めて、全身が水に浸かった状態で水膜を維持しながら体をどれだけ自由に動かせるのか試してみる。
水膜の維持と体の動きに合わせた魔力の操作を池の水の抵抗に逆らいながら行っているため流石に地上での動きと同等とは言えないが、思い付きを試してすぐにこれだけ動ければ上出来だ。
練習次第で、水の中でも息が続く限りある程度自由に動ける事を確認できたのは大きい。
魔力の制御を緩めて浮力に任せて水面に上がり、息継ぎをしてからもう一度池の底に潜る。池の底に着き、体を動かす練習をしている最中ふと一つ疑問が頭に浮かんだ。
――浮力に抗って自分の体を池の底に押し留められるなら、その逆もできるんじゃないか……?
思えば、今まで相対した敵を水牢の中に捕らえた時、彼等は地に足を付けていなかったし水牢も地面についていなかった。なんとなくではあるが、空を飛ぶなら風魔法という固定観念が頭の中にあったので思いつかなかったのかもしれない。水魔法で空を飛ぶなんて考えた事すらなかった。
それで言うと、火や光の様な現象を生み出す属性魔法ではなく水と風だけではなく土の魔法でも似たような事が出来るように思える。
――試してみるか……
また浮力に抗う魔力の制御を緩めて水面に上がってから、今度は体を上へと押し上げるために魔力を操る。少しずつ体が浮いて行き、胸元まで体が上昇した段階で魔力の制御を止めて高度を維持してみる。
思いの外簡単に浮く事を実現してしまい、浮ついた気持ちを押さえられずこのまま飛べるのか試してみようと考えそうになったが腰に固定された縄が引かれて思考が停止する。
縄の先を確認すると、中途半端に池から浮き出た俺を見てヴァネッサが心配そうにこちらの様子を伺っている。
「引っ張っちゃってごめんね、でもデミトリが浮いて……とにかく大丈夫!?」
「びっくりさせてすまない。魔法を試していただけだから大丈夫だ……その、ヴァネッサ達の方は変わりないか?」
「私たちの事は心配しなくても大丈夫だよ、今の所何もおかしなことは起こってないから」
「良かった。それでは、俺は作業に戻る……!」
シエルを連れて池を囲う柵の傍まで寄って来たヴァネッサを安心させてから、羞恥心で真っ赤になっているだろう顔を彼女達から隠すために急いで池の中に戻った。
飛べるかもしれないと思い、考えなしに行動しそうになっていた事がとにかく恥ずかしい。
――……飛行できるかどうか試すのは、後日着地の方法をちゃんと考えてからで良い。
よくよく考えてみれば仮に飛べたとして、飛んでいる最中に魔力が乱れたり切れてしまったら一巻の終わりだ。飛行できるのかどうかの検証に池は必要がないため、今優先するべき事は別の魔法の検証だ。
池の底で、新たに発生させた水魔法を水膜を通して池の水の中へと放出する。厳密に言うと池の水と魔力で制御した水は融け合っていないのだが、視力で見分けを付けるのはほぼ不可能に近い。
俺が作り出した水球は池の水の中を漂う汚泥の塵が混ざっていないので何となく輪郭が分かるが、自分の魔力で操作していなかったら判別できたか疑問だ。
作り出した水球を操り丁度目の前に溜まっていた汚泥と枯葉に埋もれた枝を包み込んで、魔力を込めて一気に凍らせる。凍ったゴミを含んだ氷球はそのまま水面まで浮き上がって行き、池の底には周囲と比べ物にならない程綺麗になった円形の空間だけが残された。
――水の抵抗のせいで魔力制御がいつもより大変だが、水中でも水魔法と氷魔法は使えそうだな。
検証結果に満足しながら水面まで浮き上がり、氷球を抱えながら池のほとりまで移動する。池から出て水膜を解除してから、後で廃棄するために氷球を収納鞄に仕舞う。
俺の場合収納鞄を持っているから良いものの、この依頼は確か清掃用の道具も持参する事が条件だった。公園側が荷車すら貸し出さないのは流石におかしいと思うが……。
ジュリアンから譲り受ける形で愛用しているカテリナ達の収納鞄は、相当高価な品なのか収納容量の上限が分からない。普通の冒険者がそんな代物を持っている訳がない上に、俺がメリシアの商会で手に入れた荷馬車一台分の収納容量を持った収納鞄も、確か運よく在庫を抱えていて普段は売りに出されていない珍しい品だと説明された。
収納鞄を二つ持っていても宝の持ち腐れなのでヴァネッサに余ってしまった収納鞄を渡した時、彼女もそんなに高価で希少なものをただでは受け取れないと言い中々受け取って貰えなかった事を覚えている。
――収納鞄がなかったら本当に割に合わない依頼だな……
一般的なパーティーの人数である四人で報酬金額の六十五万ゼルを割り、更に稼働した日数で割り、用意する必要がある清掃用道具の調達費用を差し引いたら……ほとんどただ働きと言っても過言ではない。
緊急依頼で達成条件が緩くなければやる意味がないと言い切れる。