「隊長、デミトリ殿の言っていた通り件の井戸の底に死体が遺棄されているのを確認しました」
井戸の確認に言っていたバプティストが戻り、ジャーヴェイスに手短に報告した。
「ご苦労。ちなみにだが、聞くのが遅れて申し訳ないがデミトリの仲間の名を伺っても良いか?」
「ヴァネッサです」
返事を躊躇した俺を見かねて、ヴァネッサが代わりに返答してくれた。
「ありがとう、これだけ情報が揃っていれば問題ないな」
ジャーヴェイスが流れるような動作で腰に携えた鞄に手を伸ばし、羊皮紙と羽ペンを取り出して何やら書き込んだ後こちらに差し出して来た。
「収納鞄か……?」
「ああ、小さなタンス程度の収納上限しか無いが業務上必要でな……内容を改めてくれ」
羊皮紙にはジャーヴェイス達が代理で死体の発見報告をする事や、第一発見者である俺の名、発見時の公園の状況などが簡易的な調書のような形で纏められていた。
「問題ないと思うが、これは……?」
羊皮紙をジャーヴェイスに返すと、収納鞄から取り出した瓶から少量の墨を親指に垂らして羊皮紙に判を押して再びこちらに渡して来た。
「明日以降、恐らく憲兵隊から事情聴取のために接触されるはずだ。その書類を持っていれば色々と楽なはずだ」
「何から何まですまない。俺達はこれで失礼するが……護衛の任がつつがなく終わる事を祈っている」
「ありがとう。ジュールは治安が良いがもう夜も遅い。最近妙な噂も聞く……君達も帰り道に気を付けてくれ」
ジャーヴェイス達と別れ、寒々とした冬空の下重い足取りで留学生寮に向かい始めた。人気のない歩道に積もった新雪を踏みしめながら、これからの事について頭の中で整理する。
留学生寮に戻り起きていればイバイに現状を報告し、明日の朝一にエリック殿下への共有……クリスチャン殿下の婚約者が婚約破棄する件も話すべきだろうな……憲兵隊が訪ねてきたら事情聴取に応じて、ギルドへの報告も……依頼主の代理人を務めているステファンにも話す必要があるだろう。
俺が労働依頼を受けていなければこうなっていなかったと思うと……後悔先に立たずとは言うが、愚痴の一つでも吐きたくなる。
「……俺はどこにも行かず、部屋に籠っていた方が良いのかもしれないな」
「こんなに色々と巻き込まれるのは……多分、きっとたまたまだよ! あんまり気にしない方が良いよ!」
「ピ!!」
弱音を吐き、ヴァネッサ達に励まされている現状が情けない。
「ちょっと、面倒な事になっちゃったけど……ほら、空を飛べるようになったよ?」
「そうだな……」
「あの魔法があれば――」
「そこのカップル~止まるんだ!」
ヴァネッサを遮って声を掛けてきた人物を確認するために振り向くと、シルクハットを目深く被りマントを羽織った不審者が俺達の来た道に立っていた。
「デミトリ……!!」
不審者が視界に入った瞬間から、ギリギリと骨と骨が擦りあう不快な音が聴覚を支配していた。ヴァネッサに声を掛けられて、初めてその音が無意識に歯ぎしりしていた自分から発せられていた事に気付く。
「こんな夜中にデートかい? 不用心! 危機管理が甘すぎる! 甘々過ぎて虫歯になっちゃうよ?」
「……俺達に関わらないでくれ」
「オーマイガー、彼対人スキル低すぎない? そんなんじゃ彼女も大変だ!」
「勝手に決めつけないでください……!」
「おっと、そんな不器用な彼が君のハートをキャッチしてたんだね! 失敬失敬、余計なお世話だったみたいだ!」
一晩中、ずっと我慢していたがそろそろ限界を迎えそうだ。
感情を抑えすぎて眩暈がし始めたので、月明かりを避けるために被っていたフードを外した。冷たい風がフードに守られていた頭から熱を奪っていくのが心地良い。
「夜中にフードを被ってて変なセンスだとは思ってたけど、もしかして僕に出会えて自分の服装を客観視するきっかけになったのかな? 感謝してくれても良いよ!」
シルクハットにマント姿のこいつにだけは言われる筋合いはない……そう思いながら、ヴァネッサとシエルを背に隠しながら不審者と対峙する。
「あれ? やっぱり彼ちょっとコミュ障気味だよ、全然しゃべらないや! 僕の方がきっと付き合いやすいよ~どう、乗り換えてみない?」
「微かにだが魔力の揺らぎを感じるな……今すぐ発動しようとしている魔法を止めてこの場から立ち去れ。さもなければ殺す」
「ワーオ! バイオレ―― ンスゥ!?」
ふざけ続ける不審者のシルクハットを水球で吹き飛ばし、収納鞄から剣を抜く。
「デミトリ、流石に――」
「そうだな。ヴァネッサの言う通りだ」
「え?」
「奴が妙な異能を使う可能性を見落としていた。忠告だけで済ますのはこいつの言を借りると危機管理が甘すぎるな……念のため殺そう」
「え!? ちが――」
「ごめんなさいぃ!!!!」
先程の態度から一変して不審者が余裕なくその場で土下座した。地面に積もった雪に顔を埋もれさせながら、全面降伏の意志を伝えたいのか前方に伸ばした両掌を上にあげている。
「降伏する振りだけして後から不意打ちされるかもしれないのに、許す訳がないだろう」
不審者の首を跳ね飛ばすつもりで振り下ろした剣先が、横から延びて来た蛇腹の剣に絡め取られた。不審者の頭の僅か手前の位置で、刃が雪に埋もれる。
「デミトリさん、待って!」
「……セレーナか」