「――以上となります。なにかご質問はありますか?」
「説明した通りあの場に居たのは労働依頼を受けていたからなんだが、ギルドに報告するのは問題ないだろうか?」
「調査中の事件についてあまり口外して頂きたくはないですが……現場検証のためメリネッテ王妃記念公園は現在閉鎖されていますし、依頼の続行も困難でしょう。必要最低限の情報共有に留めて頂ければ問題ありません」
「分かった」
「それでは、私共は失礼させて頂きます。ご協力感謝します」
終始平坦な声だったのが印象的な憲兵隊長は、挨拶もそこそこに部下を引き連れて留学生寮の応接室を出て行ってしまった。後を追う形で応接室を出ると、隣の部屋で女性の憲兵に取り調べを受けていたヴァネッサと鉢合わせた。
「なんだか、すごいあっさりした事情聴取だったね?」
「ジャーヴェイスが渡してくれた書類のお陰だろうな……」
事情聴取とは銘打っていたが、憲兵隊としても王族の護衛の報告内容を疑って掛かるようなつもりはなかったのだろう。時系列順に昨晩の出来事を話し、確認の為一つ二つ質問をされた程度で終わってしまった。
「これから学園に行くの?」
「今日はイバイが代わりにエリック殿下の護衛の任についてくれているから、ギルドへの報告を済ませようと思う」
『憲兵が訪ねて来た時に不在だと心証が悪いし、授業中にデミトリが憲兵に呼び出されたら騒ぎになるでしょ? 取り敢えず今日は待機して、事情聴取が終わったらその足でギルドに報告に行くといいよ』
エリック殿下に昨晩の出来事を共有した際にそう言われ、留学生寮に待機していて良かった。先程まで居た憲兵達が訪ねて来たのは、登校するために殿下が寮を後にしてすぐだった。
「じゃあ、行こっか」
「俺一人で――」
「いいから、一緒に行こう」
気を遣わせてしまっているな……昨日部屋に引きこもっていた方が良いと弱音を吐いた事と、我を失ってしまった事で心配を掛けているに違いない。
「わかった、一緒に行こう」
自室に戻り、シエルを回収してから学生寮を発った。平日のため人通りが多かったがヴァネッサにがっしりと腕を組まれ、互いに腕に嵌めた銀の腕輪が目立ったのか妙な輩に絡まれる事は無かった。
逆に恋人向けに商売をしている露店の店員からは途轍もない頻度で客引き目的で声を掛けられたので、アムールで平穏穏やかに過ごすのはどうやっても無理なのかもしれない。そう考えている内にギルドに到着した。
いつも通りマチスの座っている受付に向かうと、依頼票と思われる書類を整理していた彼が俺達に気付き驚きながら顔を上げた。
「デミトリさん、ヴァネッサさん! まさかもう依頼を完了されたんですか?」
「そう言う訳じゃないんだ……報告したい事があるんだが、場所を移せないか?」
「……分かりました、こちらに付いて来て下さい」
ただ事ではないと察したマチスが受付から席を立ち、カウンター横の扉を開けて俺達を奥へと案内してくれた。不思議そうにこちらを伺う他のギルド職員達を通り過ぎ、机が数台並べられた執務室に到着した。
「散らかっていてすみません、ここなら今は誰も入ってこないはずなので」
「わざわざすまない。手短に共有するが、メリネッテ王妃記念公園で死体が発見された」
「え!? お二人は……! ここに居らっしゃるので大丈夫ですよね……」
気が動転してこちらの安否を確認した後、マチスが恥ずかしそうに眉を八の字に曲げる。
「驚かせてしまって済まない。依頼を受けていた俺とヴァネッサが昨晩死体を発見して、一応第一発見者と言う事になっている。発見した経緯や詳細については、憲兵が調査中の事件扱いになるのでこれ以上話せないが……」
「十分です、報告しに来てくださってありがとうございます。依頼主……の代理人、ステファンさんにはこの事を……?」
「まだ話せていない。憲兵隊から公園が現場検証の為に閉鎖されると聞いた以上、依頼の続行は難しいと思う」
この場合依頼がどういった扱いになるのか見当も付かないな。そもそも緊急依頼で達成条件が緩い上、池の清掃自体は半分済んでいるが……事件の発生で依頼が続行困難になるのは依頼人の責任になるのだろうか?
「分かりました、まずはギルドに報告して下さって感謝します。依頼の処理と依頼人への報告については私の方で責任を持って対処するので、ステファンさんへの接触は控えて頂けますか?」
「こちらとしては問題ないが……依頼を受けた俺が伝えるべきじゃないのか?」
「今回は色々と特殊な状況ですから間にギルドが入ります。デミトリさんとヴァネッサさんにご迷惑が掛からない形で決着を付けるので……!」
「……何か俺に出来る事があれば遠慮なく声を掛けてくれ」
依頼を俺に紹介した負い目を感じているのか分からないが、なにか決心をしたようなマチスの様子が心配だ。彼の言葉に甘えて基本的にはギルドに任せるつもりではあるが、折を見て状況を確認しに来た方が良いかもしれない。
マチスと別れ、ギルドを出た所で一息つく。午前中にやるべき事を全て片付けられたのは嬉しい反面、大幅に時間が空いてしまった。このまま学生寮に帰っても良いが……。
「ヴァネッサ、時間もあるから商業区に――」
「帰ろう?」
俺の用事に付き合わせてしまったヴァネッサのためを思って提案したつもりだったが、帰って来た返答は意外なものだった。
「……いいのか? 帰っても特にやる事は……」
「何もしなくて良くて、ゆっくりできる部屋に帰ろう」
「ピー!」
「……そうだな、ありがとう」