既に吐いた言葉を飲み込む事は出来ない。セレーナは微妙な表情をしているが、きっぱりと拒絶はされなかったので説得を試みる事にする。
「セレーナは、その……俺の噂は聞いているか?」
「え……? あのかっこいい二つ名の事? 噂になってるってアルセから聞いたよ?」
「……それ以外は何も聞いていないか?」
「確か……ヴィーダ王家に気に入られてるんだよね……?」
アルセから聞いた話を思い出しながら俺の事も王族に連なる者と認識したのか、セレーナの表情が更に険しくなっていく。
……ある程度腹を割って話さなければ、俺との接触すら今後避けられてしまうかもしれないな。セレーナなら言いふらすような事はしないだろう、信じて話してみるか……
「セレーナ、俺はガナディア王国からヴィーダ王国に亡命した人間だ。恐らく平民の生徒達やその家族には説明などされていないが……俺がエリック殿下の護衛に就いているのは意見交換のためだ」
「亡命……意見交換……?」
貴族家の人間であればある程度情報共有がされていたはずだが、やはりセレーナは俺がアムールに来てエリック殿下と行動を共にしている理由について心当たりがないみたいだ。
「エリック殿下はアムール王国に留学して見聞を広めているだろう? その一環で、ガナディア出身の俺とも話して他国について理解を深めようとしている」
「そう、なんだ……」
何とも言えない表情でセレーナが返答したが、なぜ急にこんな事を共有されているのか当然ながら疑問に思っているようだ。
「そして俺が亡命した経緯だが……俺は元々グラードフ辺境伯家の次男だ」
「辺境伯家……!」
俺が元々貴族だったと聞き一気にセレーナの警戒度が上がったのが分かるが、隠していていつかバレるよりも先に言った方が良いだろう。これで関係が決裂してしまうのであれば仕方が無いと割り切るしかない。
「家族に殺されると思って俺は家を捨ててヴィーダに逃げた。今はただのデミトリだ」
「え……?」
困惑した様子だが先程と比べれば声色に険がない。
「亡命したと言っただろう? 兄と比べて不出来な俺はグラードフ家の恥だった。くだらない昔話で気を悪くさせるつもりは無いから割愛するが……瀕死の重傷を負わされたのも一度や二度じゃないと言えば、大体どんな扱いを受けていたのか理解してもらえると思う」
一瞬セレーナの魔力が乱れたが、その心の内は計り知れない。
俺の発言をどう受け取ったのか分からないが、ここまで来ればもう言いたい事を言い切るしかないだろう。
「ヴィーダ王国とガナディア王国は停戦中だが、関係は決して良好じゃない。亡命した時、正直国境で捕らえられて処刑されてもおかしくないと思っていた程だ……だが、俺の事情を理解した上でヴィーダ王国は俺を受け入れてくれた」
セレーナから反応が乏しいのが心配ではあるが、言葉を続ける。
「噂では俺がヴィーダ王家からの覚えがめでたい事になっているかもしれないが、逆に俺がヴィーダ王家……特に第一王子のアルフォンソ殿下に世話になっているし恩がある。彼の弟君であるエリック殿下も、短い付き合いだが兄に似て……稚拙な表現になってしまうが良い人だ」
「良い人、ね……」
絞り出すようにそう言ったセレーナが思い浮かべているのはエリック殿下だろうか、それとも前世の婚約者だろうか……
「……アルセ殿から、セレーナが王族や貴族が苦手だと聞いている」
「アルセが……」
「どうかエリック殿下を王族としてではなく、一人の人間として見て評価してくれないだろうか? それで嫌いになったのであればしょうがないが、人となりを理解されず肩書だけで忌避されるのは……俺には想像しかできないがとても辛くて悲しい事だと思う」
「!?」
俯きがちだったセレーナがばっと顔を上げ視線が交差する。彼女の潤んだ瞳には、深い悲しみと確かな怒りが宿っていた。肩書だけで評価され苦しんだのは前世の彼女も同じはずだ。
「……礼をする側の癖に色々と余計な事を言ってすまなかった。出過ぎた真似だったな……エリック殿下は誘わないから安心してくれ」
「っ……!」
「それじゃあ、放課後また――」
「デミトリさんはエリック殿下の事を信じてるの?」
悲壮な表情をしながらそう言ったセレーナの拳が白くなっているのは、寒さのせいではなく力強く握りしめているからに違いない。相当な決意を持って質問して来たセレーナの問いに真摯に答える。
「ヴィーダ王家に世話になった事と関係なく、俺はエリック殿下の事を一人の人間として慕っているし信頼している」
「……そうなんですね……」
「あくまで俺の意見だ。セレーナがどう思うのかはセレーナ次第だが……話してみない事には判断のしようがないんじゃないか?」
「……じゃあ、クリスチャン殿下の事はどう思ってるの?」
不意打ちの様にクリスチャンの名を発せられて思考が一瞬止まる。びくりと反応したシエルを上着越しに撫でながら、考えを纏める。
「……一国の第一王子相手に言うべき事じゃないかもしれないが、この際だからはっきりと言おう。俺は奴の事が嫌いだ。人間性が腐っている」
俺の返答が意外だったのか、セレーナが思わず笑い出してしまった。
「そこまではっきり言うんだ」
「勘違いしないで欲しいんだが、俺は別にセレーナに王族や貴族を全員好きになって欲しいと言っている訳じゃない。出生や肩書に関わらず、良い奴は良い奴だし悪い奴は悪い奴だ……ただ、実際に相手を知ってからじゃないと正しい評価はできないだろう?」
「……分かった。デミトリさんがそこまで言うなら、エリック殿下を練習に誘ってもいいよ?」