「痛っ……!」
「大丈夫? やっぱり怪我をしたばかりなのに無理をしたから――」
「心配を掛けてすまない……ただの筋肉痛だ」
昨晩セレーナとの練習試合を終えた後は疲労困憊だったが、体に不調は感じられずシャワーを浴びる事も夕飯を取る事も問題なく出来た。疲れ切っていたので泥のように眠り、今朝起きた瞬間体の異変に気付いた。
体中の筋肉が悲鳴を上げ、寝台から降りるのも一苦労だった。
「セレーナさんとまた練習試合をする約束してたけど大丈夫?」
「うっ……明日までには何とかなるはずだ」
「無理だけはしないでね? その状態だとエリック殿下の護衛も厳しくないかな……? 動けないなら、イバイさんに代わって貰った方がいいんじゃない?」
一瞬そこまで迷惑はかけられないと言い掛けたが、この状態で護衛をして殿下が襲われたら満足に対応できない。
「エリック殿下やイバイ達には申し訳ないが……相談してみる」
ぎこちない足取りで客室の扉に向かっていると、不意に左半身が支えられて足に掛かる体重が軽くなった。
「支えるから一緒に行こう? シエルも、ほら」
「ピ!」
寝床で休んでいたシエルが、ヴァネッサの伸ばした手まで走り寄って飛び乗った。その勢いのままヴァネッサの肩まで登り、そのまま伝って俺の肩に飛び乗った。
「くっ……!」
「ピ?」
「シエルが肩に飛び乗っただけでそんなになるのに、護衛するつもりだったの?」
「……ヴァネッサの言う通り、無謀だったな」
シエルが俺の肩の上で足踏みする度痺れが広がったが何とか耐え、ヴァネッサに支えられながら部屋を出た。
「セレーナさん凄く強かったね」
「ああ。確実に俺より強いな」
「え!?」
「出会った時は倒せたつもりでいたが……よくよく考えてみれば、あの時も俺は肉を切らせて骨を断つ戦法で一撃を入れただけだ。対して彼女は再生魔法で無傷だった……本気を出していれば俺の事などどうとでも出来ただろう」
不意打ちが通ったのも、彼女が『趣味』で使っている蛇腹の剣を使っていたからだろう。長剣を装備していたらあの時勝てていたとは思えない程、昨日の彼女の剣の腕前は凄まじかった。
昨日の練習試合の後気になって聞いてみたが、蛇腹の剣はセレーナ曰く『扱い辛いし普通の長剣の三倍位重いから、使いこなせたらかっこいいかなーって思って使ってるけど……取り回しが利かないし、重いし、長剣の方が普通に良い』らしい。
「剣術の事は良く分からないからピンと来てなかったけど、そんなに強かったんだ……」
「俺も驚いた。正直、練習相手のはずなのに教わってばかりで練習になっているのか疑問だが」
『また練習試合をお願いしてもいい?』
嬉しそうにそう言ったセレーナの言葉に偽りはないと信じたい。
「セレーナさんは感謝してるみたいだったけど……とにかく、練習試合の事は置いておいてまずはエリック殿下に相談して体を休めよう!」
「そうだな……」
――――――――
「平和だな」
「ピー」
昨日の一部始終を目撃していたエリック殿下がすぐに事情を理解してくれたおかげで、俺は学園が休暇から明けて僅か四日目にして二度目の休みを貰う事になってしまった。
ヴァネッサにしっかりと休むよう言い渡され、彼女がトワイライトダスクのイラティとジェニファーとの約束で外出している間ずっと寝台の上でシエルと過ごしている。
「呆けてても仕方ないな、もう少し練習してみるか?」
「ピ!!」
シエルに恐らく伝わっているだろうと信じて、水魔法でシエルに似せた鳥っぽい何かを作る。シエルの分身と呼ぶには烏滸がましいほど作りが甘く、時間が空いたら魔力操作の練習がてら精度をあげても良いかもしれない。
「こうして……こうだ」
「ピ!」
記憶を頼りに水鳥の翼を羽ばたかせながらシエルの前で飛び跳ねさせ、それを見たシエルが動きを真似る。
俺やヴァネッサの体に乗っている時、シエルは既に翼を器用に使って体の均衡を保ち飛び跳ねる際も羽ばたく事で飛距離を上げている。成長する過程で、自然と翼の使い方を学んで自力で飛び方を学ぶのかもしれないが……。
飛び方の参考になるはずだった親鳥が不在な上、アムールの冬は野鳥にとって厳しすぎるのか王都では野生の鳥に全く出くわしていない。シエルが飛び方の参考に出来る何かが必要だと考え、色々とその方法に悩んだ結果今に至る。
「飛べるようになるのは、もう少し大きくなってからだな」
「ピー!!」
珍しく抗議するように力強く翼を羽ばたかせながら何度もシエルが飛び上がるが、まだ小さいその翼ではやはり飛ぶのは難しそうだ。
水鳥を解除して、疲れてしまったのかぐったりとしてしまったシエルを持ち上げて優しく撫でる。
「焦る必要はない。健康に育ってくれるのが一番だ……元気に育って、いつか飛ぶ姿を見せてくれ」
「……ピー」
飛べない事がそれ程不服なのだろうか? 俺の手から逃げ出すような事はしなかったが、撫でられながらシエルが顔をふいと横にしてそっぽを向かれてしまった。