「経歴に傷がつくだけじゃなくて、その原因が自国の学園での出来事となると末代までの恥になるって言っても過言じゃないから。普通に過ごしていたら停学処分なんて受けないし、他の生徒の模範となるべき王族が停学になったって事実はそれだけ重いんだ」
イバイが抗議文書を送り出すのを遅らせるべきと進言したと聞いた時に気づくべきだった。冷静を装っているがエリック殿下は今回の件について相当感情的になっているようだ。
「……そこまで重い罰とは気づかなかった。それを求めてしまったら、両国の関係性に罅が入らないだろうか?」
「心配しなくても大丈夫だよ! 他の生徒が同じことをしたら停学所か退学でも済まされないから。そんな事をしでかしたクリスチャン殿下に対して、別に理不尽な罰を与えて欲しいってお願いしてる訳じゃないし」
俺が心配しているのはそこではないんだが……クリスチャンの事はどうでも良いが、今回の件でアムール王国との関係が悪化し、エリックやヴィーダ王国に迷惑が掛かる形で結着を着けたくない。
たとえエリック殿下の主張に正当性があったとしても、外交上の問題になる可能性があるなら――
「俺がこんな事を言うべき立場じゃないが、停学ではなく自主的な謹慎で済ませた方が――」
「アムール王家はデミトリが言うみたいに非公式な謹慎……例えば『クリスチャン殿下を病気療養目的で休学させるから矛を収めてくれないか?」ってお願いするかもしれないけど、僕は受け入れるつもりは無いよ」
――これは……俺が何を言っても意見を曲げるつもりは無さそうだな……。
「そもそもデミトリがあんな事に巻き込まれたのも、僕の我儘に付き合わせちゃったからだから気にしなくても良いよ。抗議の件は僕に任せてもらって大丈夫だから」
「そうか……」
頑なな姿勢を取っているエリック殿下に対してこれ以上言うのは逆効果かもしれないな。幸いな事に学園からもアムール王家からも抗議に対する返答は届いていない、一旦時間を置いてエリック殿下が冷静さを取り戻すの待った方がいいかもしれない。
「エリックさまぁ、お隣良いですかぁ?」
殿下との会話に集中していて接近に気付かなかったコルドニエ嬢が、返答を待たずにエリック殿下の隣の席に座ってしまった。余りの図々しさに呆気に取られてしまったが、慣れているのかエリック殿下が表情を変えずに席を立った。
「コルドニエ嬢、前にも言ったけど二人だけで一緒に座るのは遠慮するよ」
「デミトリもいるから二人っきりじゃないです!」
名乗った覚えはないが……妙に馴れ馴れしいな。
「……イバイが護衛に就いてた時も説明したけど、護衛を任せているデミトリは僕と主従関係にあるから対外的には二人きりで座ってるのと変わらないよ」
「そんな固い事言わないでください! 学生平等じゃないですかぁ?」
会話にならないな……エリック殿下も説得するつもりは毛頭ないのか話ながら荷物を纏めているので俺も立ちあがり、殿下からコルドニエ嬢を隠すように二人の間に移動する。
「デミトリ! あの時は守ってくれてありがと―― うぐっ!? いったぁーい!!!!」
慌てて発生させた氷壁に、何を思ったのか俺に飛びつこうとして来たコルドニエ嬢が激突し頭を抱えながら悶絶し始めた。授業が始まる前の静かな教室に彼女の声が響き、周囲の生徒達の注目がこちらに集まる。
「学生寮に戻ろう、デミトリ」
「!? 分かりました」
「コルドニエ嬢。勘違いしないで欲しいから訂正するけど、デミトリはあの時僕を中心にあの冒険者の魔法を防ぐ氷壁を発生させてた。情に厚い性格だから僕を護衛するついでに他の生徒の事も守ってくれたけど、あくまでついでだからね?」
「……」
沈黙してしまい、顔を打ったからか羞恥で顔を赤く染めているのか分からないコルドニエ嬢を残してエリック殿下と共に教室の出口へと向かう。一部始終を見ていて何を思ったのかは分からないが、背中に刺さる他の生徒達の視線が煩わしい。
授業が開始する直前のため無人の廊下に出て視線から解放され、エリック殿下と同時に深いため息を吐いてから殿下の方に向き直る。
「本当に学生寮に戻るのか?」
「学園にはクリスチャン殿下の行動を容認した件だけじゃなくて、いい機会だし『学生平等を掲げているとはいえ、一国の王子に対する敬意がアムールの生徒達並びにその指導をする学園関係者から欠如している』って抗議したんだ。その直後にあれだからね……」
やはりエリック殿下は無理をしていたんだな……今回の件をきっかけに、今まで塞き止めていた不満と怒りを一気に開放しているのだろう。
心配なのは、彼が怒りで自分を見失っていないかだ。
短い付き合いだが、エリック殿下が自分の地位を笠に着るような人物じゃないのは分かっている。そんな彼が『王子に対する敬意が足りない』と抗議してしまう程追い詰められている事が気掛かりだ。
「エリック殿下、その、大丈夫か?」
「授業を欠席した事? 改善が見込めなかったら休学も検討するって抗議文書に書いたから問題ないよ?」
「……言葉足らずですまない。学園の事ではなく、エリック殿下の精神状態が心配だ」
もう少し良い言い回しがあったはずだが……俺の語彙力では直接こう聞く以外の言葉が思いつかなかった。かなり失礼な発言になってしまったが、気にした様子も無くエリック殿下が笑顔で答えてくれた。
「心配を掛けちゃったかな? 大丈夫だよ!」
「……無理をしていないなら良いんだ。王子と言う立場上難しいかもしれないが、愚痴を溢したかったらいつでも声を掛けてくれ」
「本当に大丈夫だから心配しないで欲しいけど……耐えられなくなった時はお言葉に甘えさせてもらうよ」
出来れば限界まで耐えようとして欲しくないが……今は提案を受け入れた事だけでも良しとしよう。
会話の区切りと合わせて歩き出し、殿下と共に校舎の出口に向かっていると廊下の先からデジレ教諭が歩いてくるのが見えた。