「メダードの殺害容疑……!? まさか、あの死体は――」
「私も憲兵隊から詳しくは聞けませんでしたが、恐らくそう言う事でしょう……ギルドを代表して憲兵隊から取り調べを受けたんですが、調査の結果あの委任状も偽装された物だと判明しました」
「罪に罪を重ねているな……」
確かステファンが冒険者ギルドに提出した委任状には環境大臣の署名があったはずだ。殺人程ではないだろうが、要人の署名の偽装はそれだけでもかなり重い罰を受ける行為だ。
「解せないな。なぜステファンはそこまでしてあの依頼を進めようとしていたんだ?」
「……憲兵隊の要請で元々メダードさんから依頼を請け負った受付に確認したんですが、彼が覚えているメダードさんの容姿がステファンと一致したんです」
「依頼自体元々ステファンが出した物だったのか……!? 遺体を隠している公園にわざわざ人を呼び込もうとしていたのなら、益々意味が分からないな」
「……罪を擦り付けようとしていたのかもしれません」
罪を擦り付ける……?
「どういう事だ?」
「確か、あの依頼は清掃時に集めたゴミの廃棄方法について指定がありませんでしたよね?」
「そうだな……清掃用の道具を持参して池を綺麗にしろと書かれていただけで、集まったゴミの破棄の仕方については何も指定が無かった」
「憶測になってしまいますが……依頼を受けた冒険者が池のゴミを捨てた場所に、井戸に隠していた遺体を捨てるつもりだったんじゃないでしょうか?」
そんな馬鹿げた理由があり得るだろうか……?
「それはどうだろう? 仮に俺が遺体を発見せずに依頼を終えて、池のゴミを捨てた場所にステファンが遺体を捨てたとしても、疑われるのはステファンに変わりないと思うが」
「私もそう思います、ただ一連の不可解な行動を結びつけるのであればそれ位しか思いつきませんでした。あまりこういう事を憶測で語るのはよくないんですけどね……一応まだ容疑者の段階で捜査は継続中なので」
ステファンの意味が分からない行動が腑に落ちていないのはマチスだけではなく俺も同じだ。
彼が犯人なのであればその思考回路を理解するつもりは毛頭ないが、殺人を犯して冷静さを欠いていたにしても緊急依頼を出して委任状の偽装をしてまで池の清掃を冒険者にさせようとした目的が気にならない訳ではない。
マチスもその件が引っ掛かり、何とかステファンの不可解な行動を理屈に落とし込んで納得しようとしているのかもしれない。
「……何はともあれ、共有してくれてありがとう」
「はい! 依頼の報酬は口座に振り込みますか?」
「そうしてくれると助かるが……依頼主だったはずのメダードが死亡している上に、実際依頼を出したのはステファンだったんだろう? 依頼は無効じゃないのか?」
「ギルドの不手際で本来掲載するべきではない依頼を紹介してしまったんです……デミトリさんは報酬を受け取るだけでなく、ギルドに抗議する権利があります」
真剣な眼差しでこちらを見つめながら、覚悟を決めたように息を止めたマチスに気にしないで欲しいと伝わる様に手を軽く振る。
「止してくれ、今回の件は俺もギルドも被害者だろう……ただ、依頼主の事前調査で今回の依頼を出したのがメダードではなく、ステファンだったと気づかなかった事は気になるが」
「……! ありがとうございます……依頼主がメダードさんだと気づけなかったのは、言い訳になってしまいますが二月に一回の頻度で依頼を出されていたので調査が免除になっていた事と、たまたまステファンの対応をした受付が新人でメダードさんと面識が無かった事が重なり……」
「それは……」
確かに言い訳にしかならないな。マチスの言っている事が本当なら今回の様な事が今後起こってもおかしくない。
とは言えこういった事が起こるのは稀だろう。冒険者ギルドが今回の件を重く受け止めて、再発防止のために依頼主の素性確認手順を改定したらしたで色々と新たな問題が発生しそうだ。
「難しい問題だな。不幸な偶然が重なってしまったが、俺としてはマチスの対応含め今回の件についてギルド側に不満はないとだけ言っておこう……今後気を付けるしかないな」
「色々と……配慮して頂きありがとうございます。デミトリさんのご意見は上にもしっかりと報告させて頂きますので!!」
諸々の手続きを終え、マチスから冒険者証を受け取り用事の済んだ冒険者ギルドを出た。昼時で賑わっている大通りから、若干人通りの少ない横道に移動してから留学生寮を目指し歩き始める。
「ピ!」
「ずっと静かにしてて偉かったぞ」
冒険者ギルドに入ってからずっと大人しくしていたシエルを思いっきり撫でてから、収納鞄に仕舞っていた干した果実を一切れ与える。夢中になって食べるシエルを眺めながら、ふとある疑問が脳裏に浮かぶ。
――新人の受付の件はともかく、マチスの目を欺けるほど精巧に偽装された委任状をステファンが一人で用意できるだろうか……?