「ティシアちゃん、アムールが呪われてる理由は分かったけど……なんで呪いの影響を受けてる人に差があるの?」
ヴァネッサが疑問に思うのも当然だろう。呪いの影響を受けて絡んでくる人間と、例えばアムール出身にも関わらず正常なアルセの違いが何なのかが気になる。
「フィーネが百年以上解呪を試みてるから呪いも大分弱まってるの。心が弱い人間以外は己の欲に溺れず正気を保てるはずよ?」
「心の弱い人間か……」
「現にデミトリとヴァネッサちゃんは呪いの影響を受けてないし、末裔の弟君とその従者達も呪いを跳ね退けてるわ」
「俺達が大丈夫でも、周囲の人間が呪いの影響を受けてしまうのはなら脅威である事に変わりはないな」
「そうね……その筆頭格が今デミトリ達を困らせてる王子かしら?」
神から心が弱いと断定されたクリスチャンの情けなさはともかくとして……呪いに影響された人間のせいで迷惑を被っている身としては、呪いの対象が心の弱い人間に限られていると聞いても気休めにはならないな。
「やはり、国を出た方が――」
「ピ?」
「あら、そこに居たのね」
上着の奥から顔を出したシエルを見ながら、トリスティシアが微笑む。
「ピヨ?」
「ミネアから聞いてたけど大分なついてるわね」
「シエルの事を聞いていたのか?」
「ええ。一応確認するけど……その子を守る覚悟はあるわよね?」
「!? 勿論だ」
すかさず返答した俺を見て、トリスティシアが笑みを深める。
「そう言うと思ったわ」
「シエルが危険に晒されているのか……?」
「そう言う事じゃないわ。月光鳥と過ごすのは大変でしょ?」
「月光鳥……? シエルの事か?」
上着の中から顔を出したシエルの頭を撫でながら、トリスティシアがため息を吐く。
「この国ではコルボって呼ばれてるみたいだけど、正式名称は月光鳥。月と同じ光を発してるから、ミネアの神呪を授かったデミトリにとっては近くにいるだけで体に毒よ?」
「「え……?」」
「ピ?」
良く分かっていない様子でこちらを見上げるシエルを撫で続けていたトリスティシアが、俺と視線を合わせて質問して来た。
「デミトリが受け入れてくれるなら、ミネアに授けられた神呪を私が無理やり解除するって手もあるわよ?」
「……他に方法はないのか? さっきティシアちゃんも神呪を打ち消すのは一筋縄ではいかないと言っていただろう?」
そんな事を言っている場合じゃないかもしれないが、俺は既に神呪を気づかぬうちに何個か授けられている……トリスティシアに頼らず、自分自身の力でどうにかできるのであれば甘えたくはない。
「相性の問題とも言ったわ。私を頼った方が楽で安全よ?」
「デミトリ、ティシアちゃんを頼った方が――」
「それでも……他に方法があるなら俺自身の力で神呪を克服したい」
ここでトリスティシアを頼ってしまったら、神呪は俺の中で人の力では対抗できないものになってしまう。
「ふふ、私の力を借りずに人の身でありながら神呪を打倒しようと考えるなんて……悪い子ね? 流石私の見込んだ愛し子だわ!」
「ティシア、ちゃん?」
シエルではなく、今度は俺の頭を撫でまわしながら満面の笑みを浮かべたトリスティシアに困惑し体が固まる。
「そうと決まればシエルちゃんが活躍する事になるわね」
「ピー?」
「普段からこの子は連れ歩いてるのかしら?」
「あ、ああ。基本的にはそうだな」
「じゃあ、それなりに月の光に対して耐性は出来てると思うから……引き続きシエルちゃんを肌身離さず連れ歩いて、後は気合よ!」
「「えっ!?」」
「気合」と言ったようにに聞こえたが、流石に聞き間違えだろう。
「自分で何とかする方法と言うのは――」
「精神力で狂気をねじ伏せるの」
「それが出来ていれば苦労はしていないんだが……」
神呪の克服方法という問いに対する思いもよらぬトリスティシアの回答に頭が痛くなる。
「最初の内は呪力を頼ってもいいわよ? 狂気に塗りつぶされない程呪いに心を委ねれば狂気は防げるわ」
「……その方法は俺も試そうと考えたが、違う意味で狂うだけじゃないのか?」
「そうよ? でも砂で満たされた器と灰で満たされた器は同じじゃないでしょう?」
「それはそうだが――」
「難しく考え過ぎよ。デミトリは呪力をちゃんと制御できてるから絶対にできるわ」
「……分かった」
やるしかないな。トリスティシアが出来ると言い切っているんだ、その言葉を信じよう。
「あの……私の神呪も自分で何とかできるのかな……?」
「ヴァネッサちゃん……ミネアを問い詰めたんだけどヴァネッサちゃんの神呪は……ミネアの意見に賛成するのは癪だけど今はまだ解かない方が良いわ」
言い辛そうにそう告げたトリスティシアが立ち上がり、肩を落としたヴァネッサの隣に移動して手を取った。
「ただでさえかわいいのに、神呪に守られてない状態で欲神に呪われたアムールで過ごすのは危険すぎるわ。デミトリが徹底的に接触させないようにしてるみたいだけど、あの浮気性の王子に目を付けられたら面倒よ」
「そっか……」