――おかしいな……。
昨日はトリスティシアとの約束があったため、セレーナとの練習試合を火曜日にずらしていたはずだが……留学生寮の裏庭でセレーナを待ち始めてから既に三十分ほど経っている。
いつもなら俺が約束の時間の五分前に裏庭に到着するよりも更に前に準備運動を始めているセレーナの姿が一向に見当たらない。
――俺が約束の日にちを勘違いしたのか……?
「デミトリ殿!!」
「イバイ殿?」
声の方向に振り向き、留学生寮の裏口から駆け寄ってくるイバイの表情が焦燥感に満ちているのが見え、何があったのかは分からないがただ事ではない状況だという事だけは一瞬で伝わって来た。
「セレーナ嬢が憲兵隊に捕縛されました……!」
「っ!? なぜ……!?」
「ここ最近学園外でセレーナ嬢と関わりのあった人間に最近の彼女の動向を聴取したいと、憲兵隊が留学生寮に……! 今エリック殿下が対応を――」
「分かった、俺も行く!」
――――――――
「聞き込み捜査中なので入室はご遠慮ください」
イバイの案内で留学生寮の応接室前まで到着すると、扉を護衛していた憲兵達に止められた。
「我々はエリック殿下の護衛だ、後程合流する事は憲兵隊長のピカード殿にも共有済みのはずだが?」
「……少々お待ちください」
――何が起こっているんだ!?
悶々と答えにならない疑問について考えながら待っていると、しばらくして応接室の中へと消えて行った憲兵が扉を開き俺達を中へと招き入れてくれた。
「イバイ、デミトリ……!」
「そちらの方は……お久しぶりです」
ピカードと呼ばれていた、公園での一連の出来事の際も事情聴取に訪れていた憲兵隊長が俺に気付き軽く頭を下げた。
「エリック殿下、護衛が揃ったようなので聞き込みを続けてもよろしいでしょうか?」
「……デミトリは学園で私の護衛を担当し、セレーナ嬢とは共に鍛錬を積んでいる間柄です。護衛としてではなくセレーナ嬢の知り合いとして同席させて貰いたい」
「こちらとしては個別の聴取が願わしいのですが……分かりました、同席を許可しましょう」
前から思っていたが慇懃無礼でどこまでも上から目線だな……留学中の身とは言え、一国の王子相手に「許可」するという物言いは流石に無いだろう……!
ピカードの発言に心を揺さぶられそうになったが、それ自体が尋問の手法かも知れないと考え心を落ち着かせる。
「途中で参加したデミトリさんにも分かるようにもう一度お伝えしますが、現在セレーナ被疑者を学生区の鍛冶屋の店主殺害の容疑で勾留しています」
「鍛冶屋!? まさか、ゴドフリーに何か――」
「被害者のお知り合いでしたか? ご愁傷様です」
ゴドフリーが死んだ……?
「セレーナ被疑者の犯行動機について何か情報を――」
「待ってください。何故セレーナ嬢に容疑が向けられてるんですか?」
エリック殿下に遮られ、ピカードが手に持っていた手帳を開き機械的に状況説明を始めた。
「通報があり憲兵隊が鍛冶屋に駆け付けた時、店主の死体と一緒にセレーナ被疑者が居ました」
「……それだけで被疑者と決めつけるのは無理があるだろう」
頑なにゴドフリーの名を呼ばず、事務的に話し続けるピカードの態度に怒りが込み上げてくる。
「鍛冶屋の床に横たわっていた店主の周りの血溜まり、出血量から推測するに死因は刺殺だと思われます。凶器はまだ発見されて――」
「一つ質問してもいいですか?」
「はい」
「なぜ死因が確定していないんですか? ご遺体の状況を見ればある程度分かると思いますけど」
エリック殿下の問いにピカードが軽く鼻で笑った。
「隠蔽工作のつもりか分かりませんが、現場にいたセレーナ被疑者が魔法で被害者の外傷を治していました。治せたのは体だけで、被害者が着ていた服の損傷具合から剣で斬られたのは間違いないでしょう」
「傷を治した所で隠蔽もクソもないだろう……! セレーナがゴドフリーを助けようとしたと考える方が自然じゃないのか?」
「憲兵隊の長として、セレーナ被疑者の行動理由については確固たる証拠がない限り迂闊な憶測で判断はできません」
「状況証拠と推測だけで被疑者と決めつけている人間が言っても説得力が無いな……!」
落ち着かせようとしたのかエリック殿下がそっと俺の肩に手を置いたのに気付き、暴れ出そうとする呪力を身体強化で発散しながら深呼吸を繰り返す。
「……建設的な聴取ができなさそうで残念です。先日の事件の際は協力的だったので期待していたのですが」
「ピカード憲兵隊長、貴殿の態度にも問題がある。故人の名を呼ばず、明らかに彼の死に動揺してるデミトリの怒りを煽るような発言をはやめて頂きたい」
見かねたエリック殿下が俺の代わりにピカードに苦言を呈してくれたが、当のピカードは無感情なまま表情一つ変えずぱたりと手に持った手帳を閉じた。
「これは失礼致しました。そのような意図はなかったのですが」
「先程言い掛けてましたけど、凶器すら見つかっていないのにその場に居合わせたセレーナ嬢を勾留してるんですか?」
「……鍛冶屋には大量の武器があるでしょう? 凶器が見つかるのも時間の問題です」
「確固たる証拠がなければ迂闊な判断を出来ないんじゃなかったんですか? 現時点でセレーナの事を疑わしいと思うのは構いませんが、犯行を起こしたのがセレーナだと証明できないですよね?」
エリック殿下の言う通りだ。事情聴取をするためならまだしも……。
「……まさか捜査中、ずっとセレーナの事を不法に拘束するつもりじゃないだろうな?」
「必要とみなせば無期限で勾留する許可は頂いています」