「くっくっく、質問に戻るが憲兵隊が鍛冶屋に到着した時セレーナは剣を持ってなかった。捕まる前に隠したのかもしれないな? だが、もしもセレーナがたまたま居合わせただけで犯人じゃないなら……剣を盗んだ犯人を見つけられればセレーナの疑いが晴れる可能性がある」
「何が言いたい」
「あんな業物の剣を盗む理由……時期的に考えて犯人は今週開催される武闘技大会の出場者かもしれないなぁ?」
クリスチャンの推理は論理の飛躍も甚だしいこじつけとしか言えないものだが、彼の確信めいた話し方から察するにそう言う事なのだろう。
「大会の勝者にはアムール王家から褒美を与えることになってる。エリック殿下が抗議を取り下げるつもりが無いなら俺はセレーナの事をどうにもしてやれないが……剣を探すついでに、セレーナの恩赦を願うなら武闘技大会に出るのも手かもしれないぞ?」
恩赦か……証拠も揃っていない癖に、既にセレーナを犯人に仕立て上げる事は確定済みのようだな。
「……何を企んでいる?」
「おー、怖い怖い。せっかく親切心で助言してやったのに……部下の躾はちゃんとしておいた方が良いぞ、エリック殿下? まぁ、今日は機嫌が良いから許してやる」
苦虫をかみつぶしたような表情をしたエリック殿下を最後に一瞥してから、クリスチャンが応接室の扉を開けた。
「長々と悪かったな! 帰るぞジャーヴェイス」
「……承知致しました」
申し訳なさそうにこちらに頭を下げてから、クリスチャン殿下の後を追ったジャーヴェイスの背が扉の先に消えていった。
――――――――
クリスチャンがゴドフリーの殺害を指示していたのであれば――。
「デミトリ!」
「?」
「一旦剣を仕舞おう?」
立ち上がり、手癖で無意識の内に収納鞄から取り出していた剣を見下ろす。
「……この剣はゴドフリーが打った物だ」
「……」
「短い付き合いだったが、こんな形で殺されるべき人間ではなかった……仇は取らせてもらう」
一向に剣を仕舞わない俺を見かねたイバイが肩に手を置いて来たが、湧き上がる怒りと共に剣の柄を握る力は増すばかりだ。
「デミトリ殿――」
「あれはほぼ自白しているようなものだった。殿下も気づいているだろう?」
「……もちろん気づいてるよ」
エリック殿下も立ち上がり、イバイと共に俺を挟むような形で剣を握ったままの右腕を掴まれた。
「抗議を取り下げさせるための脅しとして、十中八九一連の出来事をクリスチャン殿下が仕組んだと言っても良いと思う」
「そこまで分かっているのであれば――」
「だからこそ! 制裁するなら順序を守ろう? 超えちゃいけない一線を越えたクリスチャン殿下とアムールにはちゃんと償わせよう」
……国としてしっかりと対応するのは構わないが、それだけでは俺の気が済まない。
「王子として、ヴィーダ王国の代表として正式に動くのは構わない」
「ありがとう。ついでに、大切な仲間が取り返しの付かない事をしてしまうのを止めるのも認めて欲しいな?」
諭すようにそう言ったエリック殿下と、心配そうにこちらを伺うイバイを交互に見返してから小さく息を吐く。
「……俺は大抵のことは黙って我慢して来たが今回の事は見過ごせない」
「僕も気持ちは同じだよ? だから徹底的に潰すために協力しよう?」
「……エリック殿下??」
「流石に僕も我慢の限界なんだ。自分の犯した過ちの尻拭いもできず、守るべき民を犠牲にして罪を重ねて……あんな腐った性根をしたあいつが王位を継承したらこの国は遅かれ早かれ滅びると思う。 だったら、手遅れになる前に介錯してあげるのが同盟国の務めだよね?」
怒りの臨界点を迎えていたのが俺だけではなかったことに気付いたイバイが狼狽する。
「殿下……!」
「僕等と交渉する手札を残すためにセレーナに酷い事はしないとは思うけど、安心はできないから彼女の身の安全を確保するのとヴィーダへの連絡が急務だね。イバイ、手配をお願い」
「……畏まりました」
殿下の異変を察知したイバイが一瞬だけ迷う素振りを見せてから、指示された手配を進める為に応接室を退室した。
二人残された部屋の中で、エリック殿下が再びソファに座り問いかけて来た。
「僕はこれからセレーナの身柄の保護とアムールに対する非難声明を出すための準備を進める。できれば僕達に任せてデミトリには無茶な行動をして欲しくないんだけど……武闘技大会の件はどうしたい?」
「クリスチャンが何を企んでいるのか分からない以上、安易に誘いに乗るのは得策ではないかもしれないが……」
「大切な剣なんだよね? 取り返す機会を逃す位なら出場してみたらどうかな?」
……こんな状況で、クリスチャンが罠を張っているかもしれない武闘技大会に呑気に参加している場合ではないはずだ。
「俺には、他に手伝えることはないのか……?」
話している内に少しだけ落ち着きを取り戻し、俺が出来る事の少なさを痛感し意気消沈する。先程まで剣を片手に怒っていたのはさぞ滑稽に映った事だろう。
「むしろ、僕としては武闘技大会に出て貰えると助かるよ。優勝した暁に貰えるアムール王家の褒美は恩赦に使わなくていいようにセレーナの事は僕がなんとかするから、クリスチャン殿下とアムール王国へのお仕置きに使おう」
「……俺が優勝できる前提で話しているが、そう簡単には行かないと思うぞ?」
「勝てるよ、絶対に。一切手加減しないで思い切り暴れて来て。責任は全部僕が取るから」