「……無駄にでかいな」
平日の昼間にも拘らず大勢の人々で賑わう繁華街の中心で、直径百メートルを超えそうな円形のそれを確認した時は余りの場違いさに一瞬目を疑った。
積み重ねられた石灰岩の壁の風化具合から繁華街に闘技場が建てられたのではなく、闘技場を中心に繁華街が広がって行ったのであろうと何となくだが予想がつく。何層にも重なるアーチに彩られた闘技場の外壁に並ぶ歴代の戦士達の彫刻が、止まった時の中で永遠の戦いに興じている。
重厚な鉄の門の前に聳え立つ一際大きな銅像はもしかしなくても三代目アムール王をかたどったものだろう。逸話にもなった剣を天に掲げ不敵な笑みを浮かべた男の顔は、どことなくクリスチャンに似ている。
「付き合わせてしまって申し訳ない」
「デミトリ殿を一人で行かせるわけにはいきませんから。それにしても……中々でしたね」
嘆息しながらイバイが言葉を濁したがかなり疲れているようだ。闘技場までの道中、俺と違い腕輪をしていなかったイバイはひっきりなしに女性から声を掛けられていた。
確か学園に通う学生達は情熱区に踏み入れる事を禁じられているので、殿下の護衛をしている都合でイバイが情熱区に踏み入れたのは今回が初めてなのかもしれない。
「本当にすまない……とっとと用を済ませて帰ろう」
「そうしましょう」
わざわざ情熱区まで足を運んだ理由は急遽出場が決まった武闘技大会への参加手続きの為だ。
付き添いたがっていたヴァネッサには『何が起こるのか分からないのでシエルを守って欲しい』と説明して、何とか比較的安全なはずの留学生寮に残るよう説得することに成功したものの、一人で繁華街へ向かうのは迂闊過ぎると出発前にエリック殿下に引き留められてしまった。
丁度セレーナの件について相談するために留学生寮を訪れていたアルセと殿下が話し合う約束をしていたので、護衛の人数を減らしても問題ないだろうとイバイの同行を提案された。提案を飲まなければ外出させてはくれなさそうな気配を感じ取ったので申し訳ないと思いつつそれを了承した。
「中は静かですね」
門を潜り、外の喧騒とは隔たられ静けさを纏った石造りの間に踏み入るとイバイが感心したように周りを見渡した。受付と思われるカウンター越しに見える係の人間以外、無人なのも妙な静けさに関係しているのかもしれない。
一通り辺りの確認を終えてイバイと足並みをそろえて受付に向かう。武闘技大会の開催まで日が無いのでそもそも出場の許可が下りるか疑問だったが、その心配は早々に杞憂に終わる事になった。
「ピエール・ルイス記念闘技場へようこそ! ご用件は何でしょうか?」
「今週執り行われる武闘技大会に出場するための手続きを行いたい」
「承知しました。何か、身分を証明するものをお持ちでしょうか?」
「身分の証明……? 冒険者証で良いか?」
「はい!」
首から下げていた冒険者証を取り外し、受付に渡すと分かりやすく目を見開いた。
「大変失礼致しました! デミトリ様ですね、お待ちしておりました!」
「……何も失礼じゃないが」
「デミトリ様の参加については事前に共有を受けております。闘技場運営としては、ご本人様の参加意思の確認と誓約書への同意さえ得られれば出場手続きは完了になります!」
無駄に手回しが良いな。クリスチャンの思う壺なのは癪だが、今は奴の想定通り動くしかないな。
「誓約書?」
考え込んでしまった俺に代わりイバイが受付に質問すると、机の下で何やらごそごそと探してから二枚の紙を取り出してこちらに提示して来た。
「簡単に言うと出場される選手の皆様には『死亡責任の免除』に同意して頂いています! この一点だけご理解頂ければ問題ありません!」
満面の笑みを浮かべながらそう言い放ち、署名を求めているのかこちらに同様の内容が掛かれているように見える誓約書類二枚と羽ペンを差し出して来た受付から書類だけ受け取り内容を改める。
「……この誓約書は、武闘技大会に出場する選手全員に同じものを出しているのか?」
「はい!」
「そうか。毎回同じ物を利用しているなら予備があるだろう? そちらを出してもらえないか?」
「……? 分かりました!」
一瞬戸惑った様子だったが、元気よく返事をした受付が再び机の下で書類を漁り出した。彼女の反応からして、俺に渡すようにと誓約書を渡されただけで内容は確認していないのかもしれないが油断はできないな。
しばらくしてから受付が取り出した新しい誓約書二部を受け取り、事前に渡されていたものと見比べる。
「……舐められたものだな」
「え!? すみません!?」
「すまない。あなたに言ったわけじゃないから気にしないでくれ。提出する誓約書はこちらで問題ないだろうか?」
「えっと、同じものなので全然問題ありません!」
同じものか……。
「分かった。提出は当日でも問題ないだろうか?」
「はい! 武闘技大会は正午から開催されるので、当日は試合開始前にこちらの受付まで署名済みの誓約書を持参して来て頂ければ幸いです! 一部お預かりして、出場手続きは完了になります」
「ありがとう、諸々了解した」
渡された誓約書を収納鞄に仕舞い、闘技場の門に向かう途中イバイから声を掛けられた。
「デミトリ殿、さっきのやり取りは……」
「とにかくここから離れよう。留学生寮で共有させてくれ」