「会いに来てくれて嬉しいわ! 私も丁度デミトリに話したい事があったの」
「元気そうで良かった。その……何かあったのか?」
闘技場で渡された誓約書をトリスティシアに確認してもらうため医務室を訪れたのだが、学園が妙に騒がしい。ここに来るまでに校舎の廊下で慌ただしく移動する明らかに学生ではない人間と何人もすれ違った。
「あまり気にしなくてもいいわよ? 中庭が爆発しただけだから」
「なっ!? 気にしないのは無理があるだろう、フィーネは大丈夫なのか?」
「心配いらないわ。自分で爆発させたのに、そのせいで中庭に大勢の人間が押し入って少し苛々してるけどね?」
「自分で……」
セレーナはフィーネの愛し子だ。クリスチャンのやったこととセレーナの扱い……この状況にフィーネが怒り狂っていても何もおかしくはない。
「その、フィーネの件とも関係してるんだけど……デミトリの用を聞く前に話さないといけない事があるの」
珍しく緊張した様子で忙しなく手を揉みながらそう言ったトリスティシアが口を堅く結びながら黙り込んでしまった。どう返答すればいいのか分からず、しばらくそのまま待っていると何かを決心した様子でトリスティシアが立ち上がり口を開いた。
「ごめんなさい! フィーネの様子が尋常じゃなかったから、セレーナが捕まった後デミトリ達がどうしてるのかを確認するために繋がりを使って覗いてしまったの」
「え? あぁ……」
心底申し訳なさそうにそう言われてしまい返答に困る。俺の沈黙が余計にトリスティシアの不安を煽っているのが彼女の表情から嫌という程伝わってくるので急いで思考を纏める。
「フィーネが……物理的に爆発するほど怒っていたんだろう? 緊急事態なら仕方が無いし、恐らく俺やエリック殿下がセレーナの事をどうするのか確認しただけじゃないのか?」
「そう、だけど……見られたこと自体あまりいい気分はしないわよね?」
「月の女神がずっとヴァネッサの事を監視していると教えてくれた時のティシアちゃんの口振りからして、意味も無く監視するような事はしないだろう?」
そんな事をするなら月の女神の行動を悪趣味と表現しなかったはずだ。
「ええ。絶対にしないわ」
「なら何も問題ないから気にしないでくれ」
「……ありがとう」
神なら……そこまで俺を気遣う必要なんてないはずだ。わざわざ自分から報告してくれた上で、謝ってくれるトリスティシアが悪神か……。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
「そう……? それじゃあ、私の話は終わったからデミトリの用事を教えてくれるかしら?」
「この誓約書なんだが――」
収納鞄から闘技場で渡された誓約書を取り出す。
「なになに? 死亡責任の免除……武闘技大会に参加するための誓約書ね」
「急遽武闘技大会に参加する事になったんだが……参加手続きをしようとした際に渡された別の誓約書には細工が施されていた。署名はせずに代わりにこちらの誓約書を貰ったんだが……」
「こっちも何か細工がされてないか心配なのね?」
トリスティシアが誓約書を受け取り内容を確認する。
「俺が触った時点で反応が無かったから呪物の類ではないと思うが、高度な魔法や何かしらの異能に関わる力が付与されているかどうかの判断が付かない。こんな事を頼んでも良いのか分からないが、確認して貰えると助かる」
「ふふ、頼ってくれて嬉しいわ……そうね、デミトリなら署名しても問題ないわよ」
「そう、か……?」
俺『なら』?
含みのある言い方に戸惑いを隠せないでいると、トリスティシアが誓約書を持っていない左手から闇を生み出した。
「ふふ、視えるようにしてあげるわね?」
闇が誓約書を侵食していき、闇に覆われなかった空白が文字となり闇黒の紙面に浮かび上がった。
『この誓約書に署名した者はカリストの冒険者パーティーに所属する事、並びにパーティーからの離脱を求める場合カリストの許可を得る必要がある事に同意する』
「これは……」
「こんな小細工、私の愛し子である限り効かないから気にしなくてもいいわよ」
「愛し子でなければ、こんな不意打ちでも誓約書に署名してしまえば有効になるのか?」
「異能に対する耐性がなければ通用しちゃう可能性が高いわね」
「……厄介だな」
カリストはいつの間にクリスチャン側についていたのか。
クリスチャンがいつから今回の計画を始めたのか分からないが、恐らく誓約書にカリストの異能が付与されたのはここ一週間の出来事のはずだ。
出場予定の選手達の多くは既に参加手続きと誓約書への署名を終えていると思うが……カリストの異能の対象になっている参加者は多くないと祈るしかないのか……?
「何か心配事があるのかしら?」
「少し、な……」