「どうしよう……このままじゃ死んじゃう……」
ぶつぶつと文句を垂れるカリストから視線を外しため息を吐く。
カリストとの会話を切り上げて距離を取ろうとしたものの、付き纏って来たため仕方が無く控室の入口から部屋の隅に移動して空いているテーブルに着いた。
相変わらずカリストが俺に接触してきた時にこちらの様子を伺っていた選手達に見られている気がするが、こうなってしまったらどうしようもない。
「本当に棄権する気はないかな??」
「お前が棄権すれば済む話じゃないのか?」
「そんな事できないよ! あの俺様プリンス、僕が出場しなかったらベルナルドと連帯責任で死刑にするって言って来たんだよ!」
ベルナルドが死刑……?
「なぜあの冒険者が死刑になるなんて話になっているんだ?」
「え? デミトリと戦った時ベルナルドは王族と上位貴族の生徒達を巻き込んで魔法攻撃したって聞いたよ? 魔力暴走で我を忘れてたとしても厳しい処分を受けるのはしょうがなくない?」
当たり前の事の様にそう言ったカリストからは元仲間に対する思いが一切感じられない。
「……仲間だったのに随分とあっけらかんとしているんだな」
「え? やった事に対する罰としてはやり過ぎだと思うけど、追放されたから僕とはもう関係ないし」
関係がないと言っても、お前の言っている事が本当ならその繋がりのせいで王子に良いように使われているみたいだがそれは良いのか……?
カリストにそれを言ってしまえばまた不毛な会話が始まりそうなので心の内に留めておく。
彼から離れられない上周囲に今回の件と関係がない一般の選手達がいるからこの状況に甘んじているが、カリストが俺に接触してきたのは誓約書にしたような新たな搦め手で俺を陥れようとしているからという可能性も十分ある。
俺に棄権を薦めてきた理由も、恩返しの為に支援魔法を掛けようとしていたという発言も、これまでのカリストの行動を考慮すると何か思惑が有ったり嘘を織り交ぜている可能性が高い。警戒を解かずに無言で待っていると、どこからともなく声が聞こえて来た。
「クリスチャン殿下による開会宣言が完了しました! 開幕戦で戦うデミトリ選手とフィルバート選手は控室奥の通路から入場してください!」
どこから声が響いているのか分からないが、大会運営と思わしき人物の声が控室に鳴り響いた。あれだけの事をやらかしておいて、謹慎中にも関わらず開会の挨拶を担当するとは……クリスチャンのふてぶてしさも考え物だが奴の行動を許したアムール王家も含めて腐りきっているな。
「ねぇ、本当に棄権しない?」
「くどいぞ」
引き留めようとするカリストを残して席を立ち、選手達の間を縫いながら控室奥の通路に向かった。俺よりも早く到着していたフィルバートと呼ばれた男の背を追いながら、無言で薄暗い通路を進んで行く。
通路の先には眩しい光が見え、近づくごとに聞こえてくる喧噪が大きくなっていく。前方を歩いていたフィルバートが光に到達した瞬間割れんばかりの歓声で空気が揺れ、俺が通路の終わりに辿り着いた時も再び観客達の声が爆発した。
急激に明るくなり眩んだ視界が慣れるまで薄目の状態でフィルバートの後を追い、闘技場の中心に辿り着いた頃には目も慣れて闘技場の全貌が露になった。
闘技場の中央の砂地は血に染まり、踏み固められた地面からは死臭が漂ってくる。周囲を取り囲む階段状の観覧席には少なくとも数百人の観客が詰めかけていた。
観覧席の構造は最上段からでも選手の一挙手一投足が見えるように斜面の傾斜が緻密に調整されていて、観客達すらも見下ろすバルコニー席にはクリスチャンと王侯貴族と思わしき人物達が陣取っている。
「第二百二十三回アムール武闘技大会が間もなく開幕します!」
無駄に歴史のある大会なんだな……。
「「「「うぉおおおおおお!!!!」」」」
観客達の雄叫びの様な歓声に思考が掻き消され、前方に立つフィルバートに注目を向ける。
だだっ広い砂地に居るのは俺とフィルバートの二人だけで、近くには審判すら居ない。互いに示し合わせたかのように同時に腰に下げた剣を引き抜くと、観客達の叫び声がより一層大きくなる。
「記念すべき第一戦を始める前に選手両名に一言ずつ伺おうと思います! まずは去年の大会で決勝まで勝ち進んだフィルバート選手から一言意気込みをお願います!」
去年の準優勝者だと……? 初っ端から強敵をぶつけてくると言う事は、本格的に俺の事を潰そうとしているみたいだな。そんな事をしてクリスチャンは何が得られるんだ?
呆れていると、フィルバートが観客達の方を向いて話し出した。
「俺は宣誓する!!」
「「「「おおおおーーーーー!!!!」」」」
闘技場の設計なのか魔道具を使用しているのか分からないが、俺達に司会の声が届くのと同様にフィルバートの声も観客達にしっかりと届いているのが観客達の反応から分かる。
抜いていた剣を天高く掲げ、フィルバートが声を張り上げながら叫んだ。
「俺はこの戦いを愛しのイザベラに捧げる! そして大会に優勝した暁には結婚を申し込む!」