「うげっ、血が!」
「文句はいいからてめぇはしっかり傷を押さえてろ!!」
「おい、俺の目を見ろ! 意識を手放すな!」
これで何人目だ? 鷹の間を訪れる選手達は全員辛勝した者達ばかりで、酷い時は鷹の間に到達した時点で事切れる程の重傷を負っていた。
薬師と、着替えを渡した恩を返せと脅したカリストと俺の三人で息のある者の治療に当たっているが、この調子だと薬師ギルドが用意したポーションが切れかねない。
「あり……がとう……」
何とか出血死する前に治療を終えた選手を怪我人用の毛布を敷いた床へと移動させ、控室の中央にあるポーションが乗せられているテーブルでげんなりとしている薬師とカリストの元に戻る。
「毎年こうなのか?」
「いや、こんなこと初めてだ……」
テーブルに突っ伏しながら答えた薬師の横でカリストが泣き言を言い出す。
「せっかく着替えたのにぃ~」
「元々着替える前から血まみれだったんだ。恥部が隠れてるだけ御の字――」
「もう、その事は掘り返さないでよ!」
カリストまでテーブルに突っ伏してしまい、彼から視線を外し野戦病院の様相を呈した控室を見渡して選手達の人数を数える。
一回戦を突破したのは俺とカリスト、そして命を落とした選手達も含めると三十一人……思いがけない救助活動で想像以上に精神的に疲弊してしまった。大会に優勝するまで少なくとも後三人から四人と戦わなければいけない事実にげんなりする。
ポーションで一命を取り留めた選手達は傷が治ったとはいえ失った血液はすぐに再生しない。恐らく大半の選手が大会を棄権する羽目になりそうなため、二回戦で俺とカリストと戦う選手以外の竜の間に送られた選手達は不戦勝で三回戦まで勝ち上がる可能性が高い。
薬師が異常事態だと言っていたように、これも恐らくクリスチャンと大会運営が仕組んだことだろう……俺自身のやることは変わらないのであまり考えすぎても意味はないが、鷹の間に勝ち進んだ選手達全員がここまで激しい負傷をしているのは作為的なものを感じざるを得ない。
クリスチャンは俺を武闘技大会に出場させるためだけにゴドフリーに手を掛けるような男だ……三回戦以降の俺の対戦相手が万全の状態で戦えるように、一般選手達の命を軽んじて勝ち上がり表を操作したと言われても最早驚きはしない。
「もうへとへとだよ~」
考え事をしている横で気の抜けた声でカリストが愚痴り、視線を彼の方に向ける。カリストも重傷を負ってポーションを飲んだばかりなのに少し疲れた程度で済んでいるのは……転生者の加護か、全貌を掴めていない支援能力のお陰かもしれない。
「二人共手伝ってくれて本当に助かった。ありがとう……流石にポーションの消費がやべぇから、竜の間から分けてもらえないか同僚に聞いて来る」
「分かった」
止めどなく鷹の間に流れ込んで来た負傷者たちの波が収まったのを見越して、薬師は短くそう報告すると急ぎ足で控室の出口に向かった。
中央のテーブルにはもう十数本のポーションしか残っていない。二回戦以降も似たような状況になってしまったら確実にポーションが足りなくなるため彼女が焦るのも理解できる。
薬師が控室を出て、周囲の選手達に聞き耳を立てられていないのを確認してからカリストに小声で話し掛けた。
「カリスト」
「うぅ……なんだい?」
「お前は逃げた方がいい。十中八九クリスチャンに切り捨てられているぞ」
「ぅえ!?」
素っ頓狂な声を出し、ばっと勢いよく顔を上げたカリストの顔は困惑に染まっていた。
「薬師から聞いたんだがこの控室……鷹の間に集められた選手達の対戦相手は全て竜の間に集められている」
「あ、うん。それは僕も知ってたけど?」
「だったらなぜ俺と戦うはずのお前がここに居るんだ?」
「そんなの、僕に期待して決勝戦とか準決勝で僕達が戦う想定だからじゃない?」
どこまでもめでたい思考の持ち主だな……。
「……初戦の前に集まった控室でお前が俺に接触してきた時、お前の背後で俺達の様子を伺っていた選手が一人も鷹の間に来ていないのを治療しながら確認した。それにこの選手達の有様……恐らく竜の間の選手達が万全の状態で三回戦以降に必ず勝ち進めるよう意図的に選手が振り分けられて試合が組まれている」
「それじゃあ……!」
俺の言いたい事に気付いたのかカリストの表情が曇っていく。
正直な話俺はまだ彼の事を信用していない。忠告も本来する必要はないが……着替えを渡した恩を返せと脅していたとはいえ、無駄口は叩きながらも全力で負傷者の治療を手伝ってくれた義理位は返してもいいはずだ。
「竜の間ではなく鷹の間に通された時点で、お前が控室で俺に声を掛けていたことはクリスチャンに筒抜けだと思う。去年の大会で活躍して優勝候補だったフィルバートの相手を俺が開幕戦でさせられて、その直後の試合でお前も瀕死の重傷を負うような相手と戦わされたんだろう? もうお前のことも排除するつもりなんじゃないか?」
「うぐぅ、理不尽……!」
頭を抱えながら再び突っ伏してしまったカリストに俺なりに助言する。
「仮にこのまま大会に参加し続けて俺を倒せたとしても、クリスチャンがお前との約束を守らない可能性が高い。連帯責任でベルナルドと共に死刑にされる位なら、クリスチャンが大会を見届けている内に逃げて王都を離れた方が良い」
「簡単に言うけど……んー……」
カリストが悩むのも理解できる。上手く闘技場を抜け出せたとしても国軍に追わる身になったら厄介だ。一人で国外まで逃げ切るのも骨が折れるだろう。
とは言え、満身創痍ではあったが初戦を勝ち抜くだけの実力はある。頑張ればなんとかなりそうだが……。
「間もなく第二回戦の一試合目を開始いたします! 鷹の間で控えているデミトリ選手と、竜の間で控えているレイモンド選手は入場願います!」
「……判断は任せるが、この国に留まってもきっといいことは何もないぞ」
「うん……忠告してくれてありがとう。二回戦、頑張って」
「ああ」
思いの外素直な激励をカリストから送られたことに驚きながら、彼を残して闘技場にと繋がる通路へ向かった。