観客席の一区画に設けられた貸し切りの貴族用観戦室の中で、魔力が暴走しそうになるのを歯を食いしばりながら耐える。
「……やってくれたね、どこまで堕ちるつもりなんだろ」
「エリック殿下、お気を確かに……!」
ギリギリのところで二回戦に勝利したばかりのデミトリに連戦を強いた大会運営の裏には、確実にあの馬鹿王子が糸を引いてる。
イバイさんがエリック殿下を諫める横で、眼下で息も絶え絶えになり全身ボロボロにされながら次の試合を待つデミトリを眺めながら無事を祈るしかないのが悔しい。
「許せない……!」
「僕も同じ気持ちだよ、ヴァネッサ嬢。ちゃんと報いは受けて貰おう」
「ヴァネッサ殿、デミトリ殿が心配なのは重々承知しています。お辛いと思いますが、どうか魔力を収めてください」
「すみません……抑えようとしてるんですけど……」
ここまで魔力の制御が利かないのは本当に久しぶりで、頭が真っ白になりそうになる。
「デミトリはやさしすぎるよ……」
「エリック殿下?」
「本当は同盟解消だけじゃなくて経済的制裁……関税を引き上げた上で雪国のアムール王国が食糧難で苦しむような食料の流通規制を始めとした、色んなお仕置きを考えてたんだけど」
薄々気づいてたけど、エリック殿下は表に出してないだけで私と同じぐらい怒ってない?
「それって、国が滅ぶんじゃ――」
「そうだよ?」
当然のようにそう言ったエリック殿下は微笑んでるけど目が笑ってない。
「今はそんなに酷い事をするつもりは無いから安心して? 僕はやる気満々で相談したんだけど、デミトリはクリスチャンの不始末を国民に背負わせるのは筋違いだって言ったんだ」
「デミトリが……」
「彼が仇を取ろうとしてるゴドフリーみたいな善良なアムール国民を巻き込んで報復しちゃったら……クリスチャンと変わらないって」
「それは、確かにデミトリはそう言いそうですけど……」
人形の様な笑顔を浮かべながら、エリック殿下が物凄い握力で握っているひじ掛けから木材が裂ける音が響いてきて会話に集中できない。
「我慢してるデミトリを差し置いて僕が気持ちをすっきりさせるために動いたら駄目だから……だめかなぁ? 父上と兄さんも手紙で落ち着けって言ってたけど、デミトリが情に厚い性格をしてるから遠慮しちゃう分代わりに僕が悪者になって――」
「殿下、いけません。エリック殿下に背負わせてしまったと知った時、デミトリ殿はどう思いますか?」
「……分かってるよ。だからクリスチャンの首だけで我慢する」
「落ち着きを取り戻せたようで何よりです」
え、結構やばいこと言ってるけど突っ込まないの? イバイさんもかなりキレてるんじゃ……。
「相変わらず面倒な事に巻き込まれてますね、彼は」
「ニルさん!?」
いつの間にか観戦室に入っていた、ヴィーダ王国に居るはずのニルさんの登場に思考が全く追いつかない。
「ニル、お願いしてたことは……?」
「私と王家の影数人で対応済みです」
「ありがとう、楽しみだ!」
何を計画してるのか分からないけどエリック殿下って……アルフォンソ殿下よりも怒らせたらだめなタイプかもしれない。
私が若干引いていると、空いていた席に座ったニルが話し掛けてきた。
「……デミトリは何らかの手段で回復してるみたいだな。装備はボロボロだが、遠目で見てもある程度傷が塞がっているのが分かる」
多分私を安心させるためにニルさんが共有してくれたと思うけど、私から見たらそんな風には見えない。でもニルさんが安易な嘘を付かないのを知ってるから少しだけ気持ちが軽くなって、魔力の制御もちょっとだけ楽になる。
「元気にしてたか、ヴァネッサ?」
「はい……心配を掛けてごめんなさい。あの、アロアさんは?」
「元気だ! アロアもヴァネッサ達の事を心配してたから、帰ったら安心させられそうで良かった」
良かった……。
「……そういえば、ニルさん」
「ん?」
「昔旅行でアムールに来たって言ってませんでした?」
「あー……」
気まずそうに咳払いをしたニルさんが、私から視線を逸らす。
「あれはだな……あの時は王家の影になっても何も不便はないと説明したかった。だから旅行に行ける事は伝えたが、旅行先については話し合いの邪魔になるから敢えて触れていなかったんだが……散々な目に遭った」
「やっぱり……」
「もっとちゃんと調べるべきだった……新婚旅行にアムールを選んだせいで、帰国してからアロアが一週間も口を利いてくれなかった……」
何が起こったのか大体予想出来て、ニルさんと一緒に深いため息を吐く。
しばらくすると、闘技場になぜか三人の選手が入場して来た。
「デミトリ選手、意気込みをお願いします!」
「最早聞くのも面倒だが、一対一の真剣勝負はどうした?」
「もう! 毎回こちらの質問に答えてくれないデミトリ選手に説明する義務はありません!」
「どこまでふざけてるの……!?」
「やっぱり滅ぼした方が……」
「ヴァネッサ、魔力の制御を失うな! 特訓を思い出せ!」