「間もなく準決勝戦第一試合が始まります! 鷹の間に待機してるデミトリ選手、竜の間に待機してるカリスト選手の両名は入場願います!」
カリスト……!? 逃げていなかったのか……竜の間に居ると言う事は、残念ながらそう言う事なんだろう。
控室に鳴り響いた案内を聞き、荷物を纏めて立ち上がる。
「頑張れよ! 後、試合が始まる前にあいつの話を聞いてやってくれ」
「……? 分かった」
薬師が言っているのはカリストの事だと思うが、一体……?
疑問に思いながら通路を進み、闘技場に出ると夕方から夕暮れに移り変わる茜色の空に出迎えられた。幾多の戦闘を経て変わり果ててしまった闘技場の砂を踏みしめながら、闘技場の中心へと進んで行く。
鷹の間に続く通路の対面に位置する竜の間に繋がる門からカリストが現れ、闘技場の中心にたどり着くと二人して立ち止まった。
「皆様お待たせしました! いよいよ残すのは準決勝戦と決勝戦の三試合のみ! 準決勝戦第一試合は、デミトリ選手対カリスト選手です」
「「「「うぉおおおおおお!!!!」」」」
散々俺を邪険に扱った癖にこの盛り上がり……結局試合さえ見れたら後はどうでも良いんだな。
「ねぇ」
「ん?」
「なんでデミトリは奇跡的にダメージ服みたいなかっこいい感じになってるのに……僕はまたこんな状態なのかな?」
「俺に聞かないでくれ……」
互いにボロボロだが、恐らくまた恥部を露出してしまったのかカリストは上着を脱ぎ腰に巻いて上裸の状態だ。彼も激しい戦いを勝ち抜いてきたのか、露になったカリストの体には白い肌を汚す無数の青黒い痣と切り傷がある。
「それでは、デミトリ選手に一言意気込みを――」
「僕の方が先で良いかな!」
「えぇ!?」
勢いよく右手を突き上げてそう言ったカリストに、司会が動揺する。
「え、えぇー、分かりました。カリスト選手、意気込みをお願いします!」
「僕は棄権する!」
突然の棄権宣言に会場がざわつく。
「え!?」
「もう無理! 戦えない! なんでもありは流石にやり過ぎだし選手の治療はちゃんとしてよ!! 僕の体はボロボロだ!!」
「ちょっと、カリスト選手!? 待ってください!?」
傷だらけだが、どこか晴れやかな表情で言いたい事を言い切ったカリストが勢いよく上げていた右腕を降ろして、腰に差していた剣を外してこちらに差し出して来た。
「剣が無いと大変でしょ?」
「それはお互い様だろう……!? どうするつもりだ?」
観客達にも聞こえる形で声が拾われてしまうため言葉を濁しているが、カリストがこのまま棄権して逃げ出そうとしたらただでは済まされないはずだ。
「デミトリが控室を出た後、事情を説明して僕達が治療した選手達に協力して貰ったんだ。命の恩人のデミトリを助けるためなら、今日の日没まで臨時で僕のパーティーに所属する位お安い御用だって!」
控室に居た選手達がカリストの能力の対象になったのか!?
「選手達は――」
「なんかずっと変な勘違いをされてるみたいだけど、支援する人数が増えれば増える程僕が強化されるだけで悪影響とかは全然ないからね!? むしろ仲間になってくれたから僕の支援の力でみんなを強化できたから、傷の治りも早くなってるはずだしお互いにとってWINWINだよ」
以前言っていた還元率というのはそう言う……だからソロではなくパーティーに拘っていたのか。
「ぎりっぎりのぎりだったけど、強化のごり押しでなんとか二回戦と三回戦を突破出来たよ。これで一試合分デミトリに楽をさせてあげられそうでよかった!」
「なぜそこまで……!」
「……僕の事が苦手な人にはたくさん出会って来たけど、デミトリはちゃんと会話をしてくれたから。嫌々だったかもしれないけど、助けてくれたし対等に接してくれたから……それに信用されなくなっても当たり前のことをしたのに、それでも僕の事を心配して忠告してくれる人にはちゃんと恩を返したいじゃん。ほら!」
「カリスト……」
差し出された剣を受け取り、強く握りしめる。
『あれは君が棄権しないなら死なない様に支援するためで……!』
控室で言われた事が頭をよぎる。信用されなくなる行動と言うのは誓約書の件だろう……仲間を増やしたいと言う欲目はあったにしても、まさか最初から俺を守るつもりで行動していたのか……!?
この会話も恐らくクリスチャンに聞かれているはずだ。文字通り命懸けで恩を返すために行動してくれているカリストの本質を、今まで見誤っていたのかもしれない。
「見た感じかなり無茶な戦い方をしてるでしょ?」
「否定はできないな……」
「命あっての物種だからね! 僕はこれから強化が切れちゃう日没まで命懸けのマラソンをしないといけないからそろそろ行くけど……いのちだいじに、だよ!」
「分かった。色々とありがとう、本当に感謝している」
「へへ、それじゃあまたね! マイベストバディ!」
「……無事を祈ってる!」
否定の言葉が喉元まで出かかったが何とか呑み込み、鷹の間の通路へと走り去って行くカリストを見送った。
いくら休息する時間があったとはいえ、これまでの戦闘の疲労が抜けきっていない。カリストが作り出してくれた体力を温存できる機会は感謝してもしきれない。
……あの支援能力を無能扱いする意味が分からないが、カリストはなぜベルナルドと上手く行かなかったんだ?
最悪の想定ばかりしていたためあまりにも健全なカリストの能力に首を傾げる。ちゃんと説明さえすれば、パーティーから追放されるような事は――。
『デミトリはちゃんと会話をしてくれたから』
「!? まさか……!」
――性格とあの話し方が災いして、聞く耳を持ってくれなかったのか会話にならなかったのか……?
あまりにも損なカリストの性格に思わず天を仰いでしまう。
「しょ、衝撃的な展開で準決勝戦第一試合はデミトリ選手の不戦勝となります! 戦いの祭典、アムール武闘技大会で準決勝戦を不戦勝で勝ち進むのは前代未聞の出来事です! 一体、デミトリ選手はどうやってこのような幸運を手繰り寄せたんでしょうか!?」
「まさか、なにか後ろ暗い事でもしたの!?」
「ふざけるな!! 金返せー!!」
「ちゃんと戦えー!!」
「戦いが見られないのは大変残念です! 準決勝戦第二試合目を繰り上げて実施するので、デミトリ選手は鷹の間へとお戻りください!!」