「久し振りだな、デミトリ」
「ニル!? どうしてここに……!?」
鷹の間に到着すると、ポーションが置かれていたテーブルに座りながらニルがこちらに手招きしていた。
「説明は後だ、ほら」
ニルが懐から取り出した見覚えのある刻印がされた瓶を受け取る。ラーラの薬屋の高級ポーションだ。
「アルフォンソ殿下がどうせ必要になるだろうと予備も持たせてくれたから、遠慮なく飲んで良い」
「すまない、助かる」
塞がっていなかった深い裂傷は三回戦の後薬師に協力して貰い包帯で応急処置して貰っていたが、適切な処置とは言えず時間が経つにつれて悪化しているのは明白だった。高価な高級ポーションで治すのは少しだけ気後れしたが一気に瓶の中身を飲み干す。
体にポーションが馴染んでいき、傷が塞がって行くのが分かる。
「気分はどうだ?」
「おかげでもう大丈夫だ。そんな事よりなぜアムールに……?」
「デミトリの剣を盗んだ犯人の特定、クリスチャン殿下が憲兵隊に指示したセレーナの保護と違法な捕縛についての調査、アムール王家の要人とエリック殿下の密会調整――」
大会が開催されるまでの準備期間中、エリック殿下がクリスチャンと決着を付けるために奔走していたのは知っていたがヴィーダ王家の影にも協力を要請していたのか。
セレーナを保護したと聞き、クリスチャンの手から彼女が逃れられていた事実に胸を撫で下ろす。
「まぁ、一言でいえば出張の様なものだ! 忙しすぎてアムールに到着した後、すぐに顔を見せられなくてすまなかった」
「それは仕方がないだろう。むしろ、ガナディア王国の使節団の件で忙しい時期に余計な問題を起こしてすまない」
「お前の謝る事じゃないだろう? 部下達も初めて愛に狂ったアムールを訪れる事が出来るとはしゃいでいたし、ある意味いい息抜きになった」
愛に狂った……か。
「……昔、アムールに旅行に来ていたと言ってなかったか?」
「デミトリも聞くんだな……ヴァネッサにも同じ事を聞かれた。あの時は王家の影に懐疑的だったデミトリ達に旅行に行ける位健全な職場だとは伝えたかった。 俺が選んだ旅行先が色々とおかしかった話をわざわざするわけないだろう」
「そういう言う事か……」
『デミトリとヴァネッサは散々大変な目に遭ってきただろ? ちょっとした旅行のつもりで楽しんでくれ』
「どうした? まだなにか気になるのか?」
「いや、アルフォンソ殿下にもちょっとした旅行のつもりで楽しんで来いと言われていたのを思い出していただけだ」
「……あのお方はアムールの異常性についてあまり詳しくないんだ。エリック殿下もアルフォンソ殿下が自分を留学させたことについて負い目を感じているのに気づいていたのか、意図して心配を掛けまいとアムールの実態について言葉を濁していたらしい……長年アムールとやり取りして来た陛下はお見通しだったが。今回の件でかなり参っていたよ」
「気にしないで欲しいが……」
「状況的に国外に逃がすのは仕方が無かったが、お前を労うつもりも本当だったんだから気にするだろう。今回の件でエリック殿下から色々と報告があって実態に気付かれた後、アルフォンソ殿下に旅行でアムールを訪れたことがあるならなんで教えてくれなかったんだと私も怒られてしまった……」
困った顔をしながらニルが肩を丸める。アルフォンソ殿下が感情的になってしまったのは理解できるが、ニルは完全にとばっちりだな……。
「とにかく、試合中ははらはらしたが元気そうで良かった。私はこれから片付けないといけない任務がある、最後にエリック殿下からの伝言を共有する」
「エリック殿下から?
「大会優勝の褒美にアムール王家に願って欲しいのは、クリスチャン殿下とルーシェ公爵令嬢の婚約解消だ」
ルーシェ公爵家の了承は得ているのか……? 先日話した段階では話が纏まっていなかったはずだ。
「いいのか?」
「色々と動いていたと言っただろう? もろもろ許可と承諾は得ている、勿論アムール国王とも話はつけているぞ? エリック殿下がその辺の手回しを円滑に行えるように我々はアムールに来たんだからな」
不思議だな。なんとなくだが妻のアロアについて惚気ていたり、リディアと口喧嘩をしたり、仕事をしている印象の無かったニルの活躍振りに感心してしまう。
「……何か失礼な事を考えていないか?」
「い、いや、とにかく褒美の件は了解した!」
「……まあいい、本日付でセヴィラ辺境伯領とルーシェ公爵領はアムール王国から離反してヴィーダ王国の貴族と名を連ねる事になる。光神教が起こした先の騒動で潰れた貴族家も多い。アムール王国の中でも特にまともな二家が加わってくれるのは心強い」
複数の貴族家の没落か……ヴィーダ王国は大丈夫なのか?