日没まであと数十分といった所だろう、空は橙から深い紫へと色を変え始めている。
通路を出て、恐らくクリスチャンが観戦していたであろう王族用のバルコニー席前に設置された表彰台へと向かいながら闘技場を見渡す。
まだ溶けていない氷魔法、抉れた大地、酸化が進み錆茶色に変色した血痕混じりの砂。とてもではないが由緒正しき武闘技大会が執り行われた後とは思えない惨状に呆れてしまう。
試合中はあんなにも歓声が鳴り響いていたのに観客席からは最早熱気の欠片も感じられない。ひんやりとした風が戦闘で装備に出来た穴から入り込み、冷気に触れた肌が粟立つのに不快感を覚えながら一歩一歩表彰台に近づく。
――俺一人か……。
カリストは辞退、準決勝でクレアと戦った選手も彼女の言っていた事が事実なら死亡しているだろう。クレア自身も……仕方がない事だとは言え、居心地の悪さを感じながら一人で立つには広すぎる表彰台に上がる。
俺が表彰台の上に到着したのを見ていたのか立ち止まったのとほぼ同時にバルコニー席の奥から一人の男が姿を現した。
宝石がちりばめられた豪華な衣装が、バルコニーに備え付けられたランプの明かりを反射して鈍い輝きを放つ。
「皆の者」
印象的な紫色の髪をなびかせながら登場したアムール国王の声に、観客達の注目が一気に集まったのが分かる。彼の背後を確認するがクリスチャンの姿はない。
――開会式であいさつをしていたからてっきりここでも登場すると思ったが、流石にクレアのこともあってそれどころではなさそうだな。
「先王の意志を継ぎ勇敢に戦い抜いた戦士達に敬意を! 己の誇りと技を尽くし、誠に見事であった」
観客席からそれまでの静けさを忘れさせるような歓声が一斉に沸き起こり、熱い拍手と歓声が空気を震わせた。
「勝ち進んだ武士達よ、実に見事な戦いを成し遂げたこと誠に賞賛に値する」
ここに立っているのは俺だけだが……?
「アムール武闘技大会の表彰台に上る栄誉は、汝ら一人ひとりの奮闘の賜物だ。誇り高き戦士達に、今一度心からの拍手を!」
アムール王の言葉を聞き拍手している観客達は気にしていないみたいだが、先程から明らかに表彰台に他の選手も立っているかのような発言が目立つ。
観客席からは分からないだろうが、注意してアムール王を観察すると手元の何かを盗み見ながら話しているのが分かる。
――出場者には命を掛けさせておいて、台本で用意した言葉しか送れないとは随分と舐められたものだな……。クリスチャンが閉会の挨拶を放棄して急遽代打として進行している可能性もあるが。
「さて、称賛に加えて優勝者である……デミトリには褒賞を授ける。何なりと褒美を願うと言い」
ニルはアムール王家と話を付けていると言っていたが……ここまで舐めた態度を取ってきた相手だ。ただ単にクリスチャンとの婚約解消を願ったら、後々言い掛かりをつけられる余地を与えてしまうな。
「……不貞行為を働いたクリスチャン殿下とルーシェ公爵令嬢の婚約解消を願います」
「っ……! よかろう……汝の願い、しかと聞き届けた! アムール王国国王ランベルト・アムールの名において我が倅、クリスチャン・アムールとレイナ・ルーシェ公爵令嬢の婚約破棄を認めよう!」
会場が突然の第一王子と公爵令嬢の婚約解消にどよめいているがこれだけの数の証人がいるのは都合が良い。これで後出しで「実は婚約解消をしたのはルーシェ公爵令嬢の不貞行為を隠す為」みたいな工作をするのは無理だろう。
「褒美は授けられた! これにて第二百二十三回アムール武闘技大会は閉会とする! 先王の遺志に背かぬよう、これからも選手達が研鑽を積んでくれることを心から願う!」
……死んでしまったらそんなことできるはずがないだろう。アムール国王に用意された台本は、恐らくなんでもありなんてふざけた規則が付け加えられなかった去年以前の物に違いない。
何とも言えない気持ちになりながら表彰台を降りようとした瞬間、バルコニーの奥へと移動を始めたアムール王が急にこちらに振り返った。
「忘れ、あっこれまだ声入ってる!? デミトリよ!!」
「……はい」
「汝は冒険者として名を馳せていると聞いた。優勝賞金はギルドの口座に振り込む形になるだろう、この後大会運営の者から案内を受けるといい」
「優勝賞金……?」