居間に集まり、ドミニクが気を利かせてくれたのかすぐにやって来た使用人が振舞ってくれた紅茶を嗜む。
――トリスティシアは迎えに来てくれるのだろうか……?
「えっと、今更ですけど武闘技大会は大丈夫でしたの?」
俺が帰りの心配をしながら呆けていると、ナタリアが声を掛けてきた。
「ああ。何とか優勝する事が出来た」
「セレーナがデミトリ殿なら問題ないと言っていたが、心配していなかったと言ったら嘘になってしまう。応援に行けなくて申し訳なかった」
「気にしないでくれ。皆が無事なだけで十分だ」
セヴィラ辺境伯邸にも一応護衛達や、使用人が数人居るみたいなので無人と言う訳ではないが……人の気配が極端に少ない。恐らく王都にある別邸なので人員をそれ程割いていないのだろう。
セレーナを守るためだけではなく俺やエリック殿下と関係のあるアルセやナタリア……そして恐らくこの館のどこかに居るレズリーにもクリスチャンの手の者がちょっかいを掛けて来る危険性がある以上、迂闊に観戦なんて出来なかったのは想像に難しくない。
「その、装備が物凄い事になってますけど大丈夫でしたの……?」
アルセ達に武闘技大会での出来事を簡単に共有したが、受け取り方は三者三様だった。
「本当に大変でしたのね……」
「……」
「迷惑を掛けてごめん、デミトリさん……」
ナタリアはクリスチャンの無駄な執念と周到さに引き、アルセは静かに怒り、セレーナはフィルバートやレイモンドの話を聞き俺に申し訳なさそうにしている。
「過ぎた事は気にしても仕方がない。重要なのはこれからの事だ」
「……エリック殿下から聞きましたわ。冬の舞踏会で諸々に決着が着くんですよね?」
「その予定らしい」
「ナタリア嬢にも来てもらいたいんだけど良いかな?」
「「エリック殿下!?」」
丁度俺達の座っているソファから死角になっている今の隅の方から声がして振り返るとエリック殿下だけでなく、ヴァネッサやイバイと馬車を運転していたはずのニルまで居た。
「急な訪問でごめんね? デミトリを連れてった後、僕達が留学生寮に到着した後トリスティシア……さん? がまた現れてこっちに送ってくれたんだ」
「その、肝心のトリスティシアは――」
「ティシアちゃんは『見守ってるから、必要になったら呼んで』だって」
見守ってる……繋がりで見ると言う事だろうか? ここまで来てしまったら同席して貰っても問題ないと個人的には思うが……ここに居る面々とはある程度面識があっても、神だと気づいていない者もいる。
トリスティシアが一体誰なのかと突っ込まれたら話がややこしくなってしまうから遠慮してくれたのかもしれない。
「ちょっと予定が早まったけど、一度集まって作戦会議をしたいと思ってたから丁度良かったよ!」
「えっと、私は席を――」
「セレーナにも関係する事だから居て欲しいんだけど、だめかな……?」
「……分かった」
優しく諭され部屋に戻ろうとしたセレーナが再び席に着く。
「エリック殿下、出来れば先に舞踏会後……ヴィーダ王国に帰国した後の話をアルセ殿とナタリア様にしてくれないか?」
「? 僕は構わないけど、どうして?」
「その間に俺は別でセレーナとニルに話したい事がある」
何を言いたいのか察してくれたエリック殿下が頷いた。
「分かった、じゃあ一旦分かれて話そう! 申し訳ないけどアルセとナタリア嬢は僕と一緒にあっちのテーブルの方に来てもらえるかな?」
「エリック殿下、第二王子を差し置いて俺達がソファに座っていたら変だろう。俺達がテーブルの方に行く」
やれやれと言った具合で手を挙げたエリック殿下が俺と入れ替わる形でイバイとソファに座ってくれたので、俺はニルとヴァネッサに手招きをしてからセレーナを連れて今の奥のテーブルへと向かった。
「わざわざ別々に話す必要のある話題なんてあったのか?」
「とぼけないでくれニル。分かってるだろう」
ニルが腕を組みながら、複雑そうな表情を浮かべて唸る。
「……ゴドフリーの件なら、下手人は特定している。クリスチャンが裁かれた後、クリスチャンの不正に加担していた憲兵隊の人間と同様に捕まるはずだ」
「じゃあそれまでに片を付けないといけないな」
捕まってしまったら彼の悪行が正しく裁かれるかどうかがアムール王家頼りになってしまう。そんな不確かな未来をみすみすと受け入れるつもりは無い。
「デミトリ、色々と特殊な状況なのは理解しているが……それでも君は王家の影の人間だ」
ニルが姿勢を改めて、真っすぐとこちらを見る。
「復讐したいと思う気持ち自体は否定しない。他人の私が軽々しく言っていい事じゃないとは思うが、怒りも悲しみも収まりが効かないのも分かる」
……。
「だが君の行動一つでヴィーダ王国に不利益が生じる可能性についてはしっかりと意識して欲しい。個人的な報復ならなおさらだ。正直こんな事を言わずとも理解しているだろうが……その上でやるんだな?」
「……ああ」
「分かった。では協力して絶対にバレない方法で奴を始末するとしよう」
「「「え」」」