「うーん……」
レイナ嬢のパートナーになる事についてルーシェ公爵はまんざらでもない様子だが、唸ってしまったエリック殿下だけでなくレイナ嬢も反応は芳しくない。
俺とヴァネッサとセレーナが離席している間居間に残ったアルセの方を見ると、また静かに首を横に振られてしまった。
「デミトリは知らないかもしれないけど、舞踏会のパートナーに親を呼ぶのはちょっと――」
「デビュタントならまだしも、私の年齢ですと相応の相手を見つけられない訳有りの令嬢と見られてしまいます。婚約破棄の直後ですし、不必要に波風を立てるのは――」
「アルセがナタリア様をパートナーに選ぶのは問題ないのにか……?」
「デミトリ……」
純粋な疑問だったが、貴族組だけではなく隣に座っていたヴァネッサからもため息交じりに呆れられてしまった。
「年頃の女の子が同級生に囲まれた中、一人だけお父さんと一緒に参加したら恥ずかしいでしょ?」
「別に恥ずべき事は何もないと思うが……?」
「デミトリ殿……!!」
何故だか分からないがルーシェ公爵の中で俺の評価が上がっているのに対して、周りから残念なものを見るような視線を送られている事に焦りを覚える。
「……レイナ嬢、このままだとルーシェ公爵がパートナーになりそうだけど――」
「デミトリ様!!」
レイナ嬢がソファから身を乗り出して、今までで一番迫力のある目付きでこちらを見つめてきた。
「私のパートナーになって頂けませんか?」
「それは――」
「デミトリ、僕からも頼むよ」
「エリック殿下?」
「護衛として僕に同伴してもらうのも良いけど、そうすると行動範囲がかなり狭くなっちゃうんだ。有事に備えて、舞踏会中自由に動き回れる参加者の立場の方が色々と都合が良いんだ」
言いたい事は分からなくもないが、俺は舞踏会に参加する様なガラじゃ……。
「……参加者になってしまったら武装を解除する必要があるだろう? それに俺は舞踏会用の礼装など持っていな――」
「アルケイド公爵邸の茶会に参加した時に着た服をまだ持ってるでしょ? 帯刀できないのも収納鞄があれば問題ないよね?」
「……ダンスも習った事が――」
「そこは心配ないよ! 僕達は舞踏会の冒頭の王家の挨拶に出席して、諸々決着が着いたのを見届けたらすぐに帰るから。流石に不敬になっちゃうから、立太子したニコル殿下のファーストダンスの後になると思うけど」
俺が断るのに上げそうな理由に対して返答を準備しているな……これ以上ごねても意味はなさそうだ。
「分かった……」
「よろしくお願いします、デミトリ様!」
肩を落としたルーシェ公爵の横でレイナ嬢が安堵した様子でこちらに頭を下げて来た。そこまで露骨な態度を取ってしまったらルーシェ公爵が可哀そうだと思うが……。
「私は――」
「ヴァネッサ嬢にはデミトリの護衛として参加してもらいたいんだ」
「「『俺の』護衛??」」
「散々クリスチャンが標的にしてきたんだから護衛を付けるのは当然だよ。何か言ってきても文句は言わせないから安心して? 僕の護衛にはイバイが付く」
ここにいるほぼ全員を舞踏会に参加させる勢いだが……。
「……アムール王家の発表を見届ける以外に、舞踏会に集まる目的があるのか?」
「うん! ニル達に退路の確保をしてもらうから、舞踏会を後にしたらそのまま全員で王都から出たいんだ。移動手段に気付かれて妨害されると色々と厄介だから怪しまれずに集まれる機会は有効活用したくて。今日はトリスティシアさんの転移魔法のおかげでたまたまこうやって集まるのが叶ったけど」
監視されているのか……? 色々と追い詰められているクリスチャンはともかく、今は友好的に交渉しているように見えても、アムール王家が俺達の動向を探っていてもおかしくないな。
「エリック殿下、舞踏会当日の一連の流れは把握しました。ですがこの時期の旅は……」
アムール出身のアルセが懸念するのも頷ける。以前冬は都市間の移動は疎か、ちょっとした遠出が命取りになるほど過酷な気候だと言っていた程だ。
「冬季は移動が困難だけど方法がないわけじゃない。現に、ニル達もヴィーダからここまで来れたでしょ?」
今まで静かに会話を見守っていたニルの方を見る。
「てっきり、リディア氏かルーベンの協力を仰いだのだと思っていたが……」
「無許可で国家間の転移なんてしたら大問題だろう? ちゃんと陸路で来たぞ?」
陸路だと? ニルから補足が入ったが余計に混乱してしまう。吹雪の中馬車で移動するのは現実的ではないが、他の移動手段が思い付かない。
「エリック殿下、以前ご相談させて頂いたように私は――」
「分かってるよルーシェ公爵。全員がそりに乗れるわけじゃないから、冬が明けるまで王都に待機する僕の従者と、王都の別邸に居るルーシェ公爵家やセヴィラ辺境伯家の人間を守ってあげて。頼りにしてるよ」
……そり?
「命を懸けてお守り致します!!」
「お父様……」
「必ず全員で生きてヴィーダ王国に合流して欲しいから無理は禁物だよ? アムール王家が妙な真似をして来たら僕の名前を出してももらってもいいし、常に連絡は取れるようにするから」
俺が移動手段について引っ掛かっている内にトントン拍子に話が進んでいく。
「舞踏会が開かれるのが王城なのが少し面倒だけど、王城から馬車で移動して王都近郊に待機して貰ってるそり部隊に合流する。そのままセヴィラ辺境伯領に向かって、安全を確保できたのを確認してからレイナ嬢をルーシェ公爵領に送り届けるね」
「よろしくお願い致します」
「あの……」
それまで沈黙を貫いていたセレーナが、恐る恐る声を上げた。
「気になる事があったら何でも聞いて?」
「私は元々あまり学業に未れ――頓着がないから良いんだけど、三人は良いの? 舞踏会の後王都を出たら中退扱いになるんじゃない?」
セレーナの指摘にはっとする。エリック殿下はクリスチャンが休学しただけで経歴に瑕が付くと言っていたのに、このままだと殿下もアルセもレイナ嬢も出席日数が足らず中退所か自主退学扱いになる可能性がある。
「王家とは別に、デミトリだけでなく僕の命を危険に晒した件でアムール王立学園にも抗議してたんだけど……『啓示』があったってわけが分からない事を言い出して、全員分の転学届を渡されたんだ。二年生から三年生に進級した上で好きな学園に転校できるよ」
啓示……?
「何を言ってるのか意味が分からないと思うけど……転学届が本物なのは確認済みだから後で渡すね?」