「はぁ……」
まるで隕石が直撃したのではないかと疑う程荒れ果てた学園の中庭、その中心で唯一無傷のまま佇む大樹の下で乾いた息を吐く。
――そろそろ潮時かもしれませんね。
大陸随一の教育機関で教鞭を振るい次代の若者達を育てる。
掲げていた夢を実現させたはずなのに、アムール王立学園に来てから幾度となく杜撰な学園運営の実態を目の当たりにしてしまい、今では教育者の誇りだけが自分を突き動かしている。
初めて王都ジュールの土を踏んだあの日、己の胸を満たしていた情熱は枯れ果ててしまった。
学園平等を掲げているはずなのに醜い顔を覗かせる貴族と平民の格差。ある程度は仕方がないと自分に言い聞かせて来たが、立場の弱い生徒を守ろうと立ち向かおうにもうやむやにされ泣き寝入りを許してしまう自分の無力さ……極めつけは生徒達の模範となるべきクリスチャン殿下が起こした事件と数々の横暴。
「……フィーネ様も私と同じで学園を見限ったのかもしれませんね」
返事など返って来ないことは百も承知で、辺りを見渡しながら心の内を溢す。
学園関係者の一部のみ知らされている事実で、自分もセレーナを受け持つクラスの担当教諭になるまで共有されていなかったが、この中庭は愛の女神フィーネ様の聖域らしい。
学園長から聖域について教えてもらい、セレーナを学園に迎えたのはフィーネ様から啓示があったからだと聞いた時は流石に耳を疑った。
学園の権威を保つため、とうとう守護神の名を借りる程までに落ちたのかと落胆していたものの……この中庭の状態を見るにどうやら事実だったようだ。
教職に対する葛藤を胸に当てもなく校舎を歩いていたはずが、引き寄せられるようにここまで導かれたのは心のどこかで救いを求めていたからかもしれない。
「ギャビーはもう話にならないけど……君はまともそう」
「学園長が……? っ!?」
反射的に返事をしてしまったが、誰も居ないはずの中庭で声がしたことに驚き振り向くと、神々しさすら感じる美しい女性がいつの間にか隣に立っていた。
「だ、誰ですか!?」
「啓示……セレーナと、エリックとレイナとアルセの四人分の転学届を用意してエリックに渡して」
「啓示……!? まさか!?」
「私から啓示を貰ったってギャビーが信じなかったら……セルジオの事ばらすって言えば黙るから。盛大に振られたこと今でも気にしてる」
本当にフィーネ様だとでも言うのか!? と言うか学園長は教頭にいつもきつく当たっていると思ったがそう言う理由で……!?
「後、学園を見守りながら思ってたけど……デジレはアムールじゃなくて他の国の学園に行った方が幸せになれるよ」
そう言い残して、フィーネ様は淡い桃色の光に包まれて消えてしまった。あまりにも唐突に現れ、忽然と姿を消してしまったため全てが自分の妄想だったとすら思える。
白昼夢ではなかった事を確かめるために頬を抓りながら、フィーネ様の啓示を頭の中で反芻する。
「……こうしてはいられないな」
心なしか足取りが軽い。
普通に生きていたら生涯体験する事のない神との邂逅よりも、別の教育現場での幸せを示された事に喜びを感じてしまっている自分に呆れてしまう。
――必ず啓示を最後まで見届けよう。
色々とクリスチャン殿下関連できな臭い動きを見せていた学園だが、わざわざフィーネ様が私に啓示を下さったということは彼等の転学届を用意するのは余程重要な事柄なのだろう。
教師として力不足で色々と迷惑を掛けてしまった生徒達に確実に転学届を届けることを胸に誓いながら、足早に学園長室へと向かった。