「ヴィーダでは異能を持った人間に襲われて痛い目を見たからな……アルフォンソ殿下に渡された異能者の記録を頼りに、色々な異能の対策を考えていたのが功を奏した」
遠い目をしてしまったがデミトリは一体何と戦おうとしているんだ? いや、性格的に彼から無益な戦いを仕掛ける事はないだろう。彼の中では自分が襲われる前提なのか……。
「俺の知識不足で細かい部分は間違っているかもしれないが、クレアを倒した方法はなんとなく理解して貰えただろうか?」
「色々と未知の概念が多かったため完全に理解できているか不安だが、なんとかな……だが、ここまで複雑な知識が必要となると他の対策は……」
我々では理解できないか実践できないのではないか……?
「呼吸をするのには空気に含まれる酸素が必要な事と、反射の異能は反射する物や魔法が無ければこちらに害がない事。この二点さえ押さえて貰えれば対策はそれ程複雑ではないから安心してくれ」
デミトリはそう言いながら先程の実験で使った瓶に覆われたままの蝋燭を指さした。
「一つ目の対策は特に簡単だ。クレアの周囲の空気をこの瓶の中の空気と同じ状態にしてしまえばいい」
「同じ状態に? その、『さんそ』が無い状態にと言う事か?」
「ああ。クレアの周囲を火魔法で燃やし続ければ、炎が呼吸に必要な空気中の酸素を燃やし尽くしてくれる。俺の水の檻とは対照的だが、火の檻で囲むような形になるな」
「火の檻……」
「逃げ回られたら少し厄介だが、クレアに魔法を当てず周囲を燃やす事だけ注力していれば反射の異能も機能しないから安全なはずだ。こちらは火魔法が使えるヴァネッサに協力して貰えれば何とかなるし、王家の影に火魔法の使い手が居れば実践できると思う。水魔法と違って密封状態を作る必要が無い分こちらの方法の方が簡単だと思う」
簡単……? どの程度の火魔法をデミトリが想像しているのか分からないが、かなり強力かつ繊細な魔法技術を要求していないか?
「火魔法の代用としてクレアがいる場所の周囲を火炎瓶等で燃やすのも手だ。倒せなかったとしても足止めさえ出来てしまえば逃げられるからな」
「逃げる……? 戦う必要はないのか?」
「可能な限り戦うべきではないと言った方が正しいかもしれない。変に攻撃してしまう方が異能によってこちらが危険に晒される可能性が高くなる以上、戦闘は最終手段だと考えた方が良い。こちらから手出しさえしなければ異能を利用した攻撃手段は限られているはずだ」
脅威の排除ばかりに気を取られていたが確かにデミトリの言う通りだ。戦わずに済むのであればそれに越した事はない。
「戦うにしても確実に勝てる状況……先程説明した方法で呼吸が出来ないクレアが力尽きるまで炎で囲むか、別の案だと土魔法で掘った深い落とし穴に誘導してから生き埋めにしてしまう方法もある」
生き埋めか……火魔法の檻と言い、中々えげつないな。
「……落とし穴に落とせたとして、上から土を振らせても反射されてしまわないか?」
「反射されても問題ない。重要なのは反射の異能で穴から這い出るまでの時間を稼ぐ事だ」
「時間を稼ぐ……?」
「反射の異能がどれだけ融通が利く能力なのか分からない以上どうしても推測になってしまうが……周囲の土を異能で反射して、掻き分けながら土の中を移動出来るかもしれない」
理屈はあまり良く理解できないが、デミトリがそう言うのであれば恐らく可能なのだろう。
「そうなると落とし穴は時間稼ぎにしかならない……だからこそ地表で土魔法使って生き埋めにするのではなく、可能な限り深く掘った落し穴に落とすのが重要になる。深い穴の底に落とされ、上から土魔法で大量の土を降らして呼吸に必要な空気と視界を奪ってしまえばかなり勝算は高いはずだ。運が良ければ上下感覚が狂い、恐慌状態に陥って脱出する前に土の中で力尽きてくれるかもしれない」
表情からして、勿論力尽きなかった場合の事も考えているみたいだが……デミトリは一体何手先まで考えているんだ?
「異能を利用して土の中を移動する事が出来ないのであれば過剰な対策になってしまうが、異能の全貌を分からない以上仕方が無いな」
「クレアが土の中を移動できない場合は?」
「その場合は土が体に触れられない様に異能で反射出来たとしても、生き埋めなった時点でクレアは詰むだろう。異能で落下の衝撃や土から体を守れても、いつか空気中の酸素が無くなり死に至るはずだ」
「……なるほど」
なんとなくだが、デミトリの言っている穴の深さがとんでもない深さな気がするが……そんな芸当ができる土魔法の使い手が王家の影に居ただろうか? 取り敢えず、一旦デミトリが考えている対策を全て聞いておいた方が良いかもしれない。
「すみません、質問が……」
これまで静かに話を聞いていた部下達だったが、対象の捕縛や無力化を専門にしているカミールがおずおずと手を挙げた。
「部下のカミールだ、質問を聞いて貰ってもいいか?」
「勿論だ」
デミトリの了承を得てから、カミールに頷き発言を促す。
「殺さずに無力化する方法はないのでしょうか?」
「んー……無くはないが、いずれの方法も確実性に欠ける。加えてこちらの犠牲を覚悟しなければいけない方法ばかりだ――」
「分かりました、ありがとうございます! 質問は以上です」
職業柄カミールは聞かずにはいられなかったのだろうが、仲間が犠牲になる可能性があると聞きすぐに引き下がった。
先程から異能の対策が全て相手を確実に殺す方法に限定されているが、殺さずに無力化しようとするのは危険が伴うのであればそうなってしまっても仕方が無いな。
「……共有して貰った二つの方法以外にも対策は考えているのか?」
私の質問にデミトリが目を閉じ、少しの間考えを整理した後また口を開いた。
「俺個人で実現できる方法と、四大属性の魔法が使える人間の協力が必要になる対策がまだ何個かある」
「分かった。デミトリ個人ではなく、まずは我々の協力が必要かもしれない四大属性の魔法を利用する対策について聞かせてもらえないか?」
――――――――
「ニルさん」
「……なんだ?」
一通りデミトリから異能の対策を聞き彼を自室に帰した後、机に座ったまま頭を抱えてしまった私に部下のリーゼが声を掛けてきた。
「出来て当たり前みたいに語ってましたけど、デミトリさんが言ってた異能対策のほとんどを私達じゃ実践出来ないと思うんですけど……」
リーゼの気持ちもわかる。デミトリが言った通りに魔法を駆使できれば実践できるかもしれないが、彼が求めている魔法の操作と制御の練度は宮廷魔術士でもなければ難しい内容ばかりだった。
「……王家の影の中でも特に風魔法に長けているリーゼだ。頑張ればなんとかなるんじゃないか?」
「なりませんよ!! 大体なんですか『さんそ』って!? あの知識は――」
「リーゼ、それ以上は言ったらだめだ」
リーゼの横に立っていたルークが彼女の発言を遮る。
私やアロアのような一部の人間には既に情報が開示されているが、王家の影に所属している者のほとんどがデミトリとヴァネッサが転生者だと言う事実をまだ知らされていない。
本当はもっと早く同僚への紹介と素性の共有を済ませたかったが、ガナディアの使節団の急な訪問でバタついてしまい出来ず終いだ。
とは言え王家の影は勘の鋭い人間が多い。リーゼも勘付いているし、恐らくルークだけでなくこの場に居る全員が薄々気づいていて敢えて触れないようにしている。
彼等の沈黙は必要になれば共有されるだろうという王家への信頼の証だが、そのせいでデミトリ達が転生者なのは半ば公然の秘密になってしまった。
「……武闘技大会には私もエリック殿下の周辺警戒のために現場に居ましたけど、デミトリさんって高名な魔術士様に師事してたんですか? 先日雷魔法を相性が悪いはずの水魔法で防いでましたし、彼は――」
「リーゼ、詮索をする余裕があるなら竜巻を発生させる魔法を練習してくれ」
「だから無理ですって!!」
『風魔法で空気の層を作って俺の水魔法と同じ方法で空気を薄くするのが難しければ、クレアを囲むように竜巻を発生させればなんとかなるはずだ」
話を聞いていた我々には理解できなかったが、デミトリがそうすればあの異能を打ち破れるというのだからそうなのだろう。
「……流石に竜巻を発生させるのは難しいか」
「一応練習はしますけど期待はしないでくださいね……」