今更言うまでもないかもしれないが、順序追って説明する為にクリスチャンのやってきたことを振り返る。
「思いつく限りの内容を改めて列挙していくが……クリスチャンは学園でヴィーダ王国の第二王子であるエリック殿下を命の危機に晒した。これだけでも大問題だが、碌な謝罪もせず謹慎を破りアムール王国が主催している武闘技大会を利用してエリック殿下の部下である俺の殺害を企てた」
「……うん」
ヴァネッサも今までの出来事を頭の中で振り返っているのか、目を閉じながら頷く。
「二百回以上続く伝統的な国の行事の試合形式を変えて私怨を晴らすために利用しただけでなく、俺を誘い出すために王子という立場を利用して憲兵隊にセレーナを不法に捕縛させ監禁した。そして俺の武器を奪うために、別件で殺人容疑で勾留されていた殺人鬼を不法に釈放して強盗致死事件を起こした……」
「……」
「後は国際指名手配されていたレイモンドを、恐らく不法な取引をして釈放していただろう? パッと思いつくだけでこれだ。これだけのことをしでかしおいて、更に俺が優勝した際に自身の不貞をばらされ婚約者まで失ってしまっている」
「……全部把握してたけど、改めて聞くとやってることと量がやばすぎるね」
事の重大さを再認識してげんなりとした表情を浮かべたヴァネッサの後ろで、話を聞いていたレイナ嬢が眉間に寄ってしまった皺をほぐすように目頭を揉んでいる。
「クリスチャンの廃嫡と共にこの事実が公表された後の事を考えると……困難を極めるヴィーダ王国との関係修復は諦めて、まずは国内の混乱を収める事に全力を尽くす事に舵を切ってもおかしくはない」
「でも今回の件でヴィーダ王国との同盟が解消されて、関係が更に悪化したら余計に国が混乱しない?」
「ヴァネッサの言う通りだ。クリスチャンが今日何をするつもりなのかは分からないが、常識的に考えたらこれ以上両国間の関係を悪化させないためなんとしてでもクリスチャンの企みを阻止するべきだ。外聞は悪いかもしれないが舞踏会を中止にしてでもだ」
「そうしない理由が見当たらないんだけど……」
「ここからは推測になってしまうが――」
念のためエリック殿下の方を見ると、発言を促すように頷いたので話し続けた。
「――事前にクリスチャンの企てを阻止して舞踏会がなんの滞りも無く進行した場合、アムール王国にとって特に利点がない」
「利点が無い??」
「このままではクリスチャンのやったことに対する追及の声や王家に対する不信は免れないだろう? それだけではなく、兄を差し置いて立太子したニコル第二王子の印象までクリスチャンに引っ張られて悪化する恐れがある。挙句の果てには国として当然の対応をした所で、ヴィーダ王国からの評価も変わらない」
「確かにそうだけど……」
「だがクリスチャンの企てを把握していて、舞踏会で何が起きても阻止できる自信があるなら話が変わって来る。ニコル第二王子がこの場でクリスチャンの暴走を止めてエリック殿下を守った状況を作れれば、美談にして国民の混乱を抑えつつ、第二王子の立太子を確実なものに出来ると考えたのかもしれない」
「えぇ……??」
自分でも言っていて馬鹿らしいとは思ったが、ヴァネッサも同じ考えだったのか信じられないと言った様子だ。
「さすがにそれはちょっと無理がないかな? それに王城で開催した舞踏会でそんな騒ぎが起こったのを国民に知られたら、美談とか以前に王家の恥って思われるんじゃ……? 流されやすい人はいるかもしれないけど……」
「もちろん国民からの評価は二分されるだろう。それでも国民全員から王家に不信の目を向けられるよりも、クリスチャン一人が乱心したと言い張って悪者に仕立て上げてしまう方がましだ」
「うーん……?? 」
「かなり危険な賭けだ。誠実な対応をせずにエリック殿下をそんな茶番に付き合わせたら、今代ではヴィーダ王国との関係修復が不可能に近くなるだろうし……」
「じゃあそんなことしなきゃいいのに……」
「ヴィーダ王国が強く出られないと高を括ってるのかもしれないな」
「この期に及んでそんな事考えてたらやばいと思うけど」
ヴァネッサの鋭い指摘にエリック殿下が笑っているが、目が笑っていないのが気になる。これから言う事で余計彼の怒りの炎に薪をくべないか不安が残るもののヴァネッサへの説明を続ける。
「エリック殿下が留学した背景にヴィーダ国内の開戦派貴族の問題があったことも、俺達がアムールに来たのがヴィーダ王国と国交を断絶していたガナディア王国の不穏な動きが絡んでいるのを、アムール王家は把握しているだろう?」
「あぁー……」
「開戦派貴族の解体しかりガナディア王国との折衝で情勢が不安定な今、ヴィーダ王国はアムール王国との戦争の様な余計な面倒事を増やしたくない。その事をエステル王妃は把握しているはずだ。加えてこの場に居るのはエリック殿下と限られた人間だけ……下手な事はしないだろうが、実質帰国するまでは人質の様な立場でもある」
「人質って……」
付き合いは短いが、ヴィーダ王はいくら国内の情勢が荒れていたとしても、信用できる同盟国でなければ息子を他国に単身送り出さないだろう。状況が変わってしまった今ヴァネッサが思っているよりもエリック殿下の立場は危うい。
無理を押してニルを含む王家の人間をアムールに向かわせたのも、急にエリック殿下が帰国する方針に切り替えたのもヴィーダ王家が事態を重く見たからに違いない。
「……エステル王妃が何を考えてるのか私には分からないけど、だったらクリスチャンが何か企んでる事を私達に教えてくれたのはなんでなの?」
「先程のマキシムからの共有がエステル王妃の差し金だと仮定した場合……『我々で対応するので静観していて欲しい』という意味が込められていたのかもしれないな」
事前に把握していたのにも関わらず知らせずにエリック殿下がクリスチャンの暴走に巻き込まれたら、それこそ戦争の火種になりかねないため、仕方が無く共有したと言った方が正しいかもしれないが……。
「……エリック殿下」
「うん?」
「もしデミトリの言う通りなら、エステル王妃は『非常識なお願いをしてるのは分かってるけど目を瞑ってね』って言ってるような気がするんですけど、印象は――」
「最悪だよ? 舐められてると思う」
きっぱりと言い切ったエリック殿下にヴァネッサが少しだけ狼狽える。
「まだ確定してないけどエステル王妃が裏で糸を引いてるなら、僕だけでなくヴィーダ王家が良く思わないのも織り込み済みでこちらを利用してるからね……国を導く者として、それすらも覚悟してやってるならある程度理解は出来るんだけど」
「……理解できるんですか?」
「ヴィーダ王国との関係性が更に悪化するのを覚悟した上で、それでも使える手札を全部使って自国の被害を最小限に抑えるのが最善だと考えたなら、同意はできないけど気持ちは分かってあげられるよ。まぁ、ここまでの話は全部僕達の推測だから実状は全然違うかもしれないけどね!」
これまで話した内容が全て無意味な物かもしれないと言われヴァネッサが唖然としているが……俺は内心この推測がそれ程外れていないと思っている。エリック殿下も同じ考えだろう。
「ただジャーヴェイスさんがマキシム経由で僕達だけに情報を共有するとは思えないから、クリスチャンの企てをアムール王家が把握してるのはほぼ確定じゃないかな?」
「事前に対処してる可能性は――」
「そうだとしたらそもそも僕達に情報を共有する必要がないからね、何を考えてるのか分からないけど……ちょっと面倒な事になりそうだ」
――ちょっと面倒か……今話した想定よりも最悪なのは、クリスチャンを暴走させた上でアムール王家が手出しせず、俺達にぶつけるつもりだった場合だが……。
不穏な考えが頭をよぎった瞬間エリック殿下と視線が合い、彼がゆっくりと首を横に振ったので口を噤む。
これ以上不安を煽っても仕方がないか……何が起きても対応する心構えだけはしっかりと持っておこう。