「お待たせ致しました」
「間に合ってよかったよ、そろそろ始まるみたい」
イバイが合流してから程なくして会場内に流れていた音楽が静まり、歓談中だった招待客達が一同になって会場奥の扉へと視線を移した。
「ランベルト・アムール国王陛下、エステル・アムール王妃殿下のご入場です!」
どこからともなく声が聞こえて来た直後。派手なドレスとスーツの海の向こうで開かれた扉から、武闘技大会で相対したアムール王がエステル王妃を連れながら堂々と会場に入場した。
これから行われる挨拶の内容は決してアムール国王にとって楽しいものではないはずだが……それなりに距離があるが満面の笑みなのが分かる。
王者の余裕か、愚者の楽天なのかは分からないが……横に並ぶエステル王妃は表情が固い。
王族の入場に会場が拍手に包まれたため一応合わせていると、アムール王達の後ろから一人の少年が登場した。
クリスチャンよりも暗めの紫色をした髪はエステル王妃譲りだろうか? 背丈から察するにクリスチャンとあまり年齢が離れていないようだが……彼の姿が露になった途端会場内にどよめきが走り拍手もまばらになっていった。
「クリスチャン殿下はどこにいらっしゃるのかしら――」
「なぜニコル王子だけ――」
歓談客達がクリスチャンの不在理由を把握するべく声を潜めながら話し合っているが、一人二人ならまだしも流石に人数が多すぎた。重なり合う聞き取れない声量の呟きが不協和音の波となり、先程までは明るかった雰囲気の広間に陰りが漂う。
「皆の者!!」
先程までエスコートしていたエステル王妃の手を離し、両手を広げ声を張りながらアムール王が話し出した。
「今宵は伝統ある冬の舞踏会に足を運んでくれたことを感謝する! 愛の女神に見守られ、今年も皆と恋の季節を迎えられる喜びを踊りに乗せて存分に嚙みしめようではないか!!」
――また何か読んでいるな……。
広げたままの手をちらちらと見ながら話しているアムール王の裏で、その姿を凝視しながらエステル王妃が時折短く頷いている。
エステル王妃の観衆のお陰かは分からないが、『恋の季節』という単語を聞いた時点で拍手喝采が起こったので、アムールではこれが正解なのだろう。
時候の挨拶の挨拶には興味が無く、本題に入るまで時間が掛かりそうなので周囲を観察していると広間の一画に視線が釘付けになった。
城の構造上、恐らく中庭に繋がっている通路に居たはずの警備兵達の姿が見えない。待機している間、広間を警戒しながら警備兵の人数や配置と巡回路を確認していたので勘違いではないはずだ。
「エリック殿下、北西の通路から警備兵が消えている」
「ありがとう。みんなも注意してね」
アムール王の挨拶に夢中な招待客達に聞こえる恐れはないが、それでもエリック殿下が遮音の魔道具を持っていたのは有り難い。人数は少ないが、やけにこちらに視線を送る客が何人かいるので念には念を入れた方がよいだろう。
「――ファーストダンスの前に、皆に伝えなくてはならない事がある」
「いよいよだね」
エステル王妃もこの発表の内容は間違えられないと考えたのか、アムール王がわざわざ懐から丸めた羊皮紙を取り出して広げた。今までの舞踏会ではなかったであろう異常事態に招待客達がふたたびざわつくが、アムール王が中々話し出さない。
何度も羊皮紙の内容を改め、咳払いする様子を背後で見ているエステル王妃がじっと見つめている。ようやく決心が着いたのか、大きく深呼吸をしたアムール王が背筋を正す。
「……アムール王国は建国以来の盟友であるヴィーダ王国と、同盟関係にある事は皆も良く知っていると思う。此度、その同盟が我が国の起こした過ちが原因で解消される運びとなった」
アムール王が急に何を言っているのか一瞬理解が追いつかなかったのか、一拍遅れて招待客達が焦り出す。対称的に、俺の横に立っているエリック殿下は安堵した表情で胸を撫で下ろしていた。
アムール王がアムール王国の瑕疵を強調した事で、取り敢えずアムール王家は最低限の筋を通すつもりだと言う事を悟ったのだろう。
「理由も聞かずに納得して欲しい等とは言わない。我が愚息、クリスチャン・アムール第一王子が行った数々の愚行の仔細は――」
そこからアムール王の説明した内容は幾ら台本を用意していたとは言え、一切非を隠そうとしない見事なものだった。全ての罪を息子に擦り付けてしまうのではと途中までは穿たて目で見ていたのだが――。
「クリスチャンのやった事の責任は王家……我の責任でもある」
はっきりとそう言い切った事は評価に値した。
そもそも、謹慎中のクリスチャンが好き放題できるような環境だった時点で、責任がないとはとてもではないが言えないはずだったのはさておいて、ここまではっきりと非を認めるとは思ってもいなかった。
「今宵は我が国を信じ、アムール王立学園で学ぶためにヴィーダ王が送り出したエリック第二王子も参加している。倅の暴走を止めず、危険な目に遭わせてしまって申し訳なかった。謝罪に舞踏会の場を借りてしまう非礼を許して欲しい」
アムール王が頭を深く下げたのを見て招待客達から声にならない悲鳴が上がった。一国の主が易々と頭を下ていい訳が無い。
一斉に視線がエリック殿下に集まり、彼の発言を待つように広間が静寂に包まれる。
口をきつく閉じ、苦い表情を浮かべたエリック殿下の横顔を見ながらアムール王家が何をしたいのかに遅れて気づく。
――なるほど、狙いはそっちだったか……。