「抗議に対する返答をこれでもかって言う程引き延ばして、諸々発表を舞踏会でしたいって言われた時点である程度予想してたけど……やってくれたね」
エリック殿下が愚痴を溢しながら懐に手を忍ばせ、起動していた遮音の魔道具を停止させた頃にはアムール王も顔を上げていた。
思いの外心配そうな眼差しでこちらを見ているアムール王だったが、後ろに控えているエステル王妃は鋭い眼光でこちらを観察している。
「ヴィーダ王国がアムール王国と同盟解消に至ったのは事実です。アムール国王陛下からご説明頂いた経緯と、両国が同盟解消に至った理由が事実である事はヴィーダ王国第二王子、エリック・ヴィーダが証人となります」
「……陛下が頭まで下げたのに」
ぼそっと誰かが呟いた言葉が、まるで枯れ木に引火した炎の様に驚くべき速度で広間全体に広がっていく。
今回の件の謝罪はこんな不意打ちの様な形で聴衆の面前で行うべきものじゃない。
そもそも正式な謝罪の場であってもエリック殿下は謝罪を受け入れるつもりなど無かっただろうが……この場に居るヴィーダ王国の代表として、迂闊な返答を出来ないこと位招待客達も理解出来ると思ったのだがその考えは一瞬で否定された。
「陛下があれ程誠意を込めて説明責任を果たし謝罪したというのに、なんだあの態度は……!」
レイナ嬢に絡んで来た頭の悪い伯爵家の嫡男の発言と、それに同調する招待客達を眺めながら心底呆れる。少し考えれば分かりそうなものだが……特に若い世代の招待客達はエリック殿下の発言に不信を抱いているようだ。
反面、親世代の招待客達の多くは顔色が悪い者もちらほらと居る。全容は掴めていなくても、両国の間に出来てしまった溝の深さを理解してしまったのだろう。
――この調子なら情報操作の仕方さえ誤らなければ、アムール王家はクリスチャンを失う代わりに国民から大きく信頼を失くすことはないかもしれないな……。
「皆の者! 良いのだ、責は……倅の教育に失敗した我にある。アムール王家の失態を受け止め、元同盟国の盟友としてエリック王子が舞踏会に参加してくれただけでも喜ばしいことだ。一時的に道は違えてしまったかもしれないが……いつかまた手を取り合える様しっかりと償っていくつもりだ」
こうも容易くヴィーダ王家側が悪者で、アムール王家が悲劇のヒロインの様な演出が出来てしまうのは……アムール人が流され易い気質なのか、エステル王妃の手腕が成せる事なのか判断が難しいな。
場の空気が変わった事を実感したからか、アムール王の背後に立つエステル王妃の表情もまだ険しさが残っているが心なしか柔らかくなっているように見える。
「……エリック殿下、そろそろだと思う」
小声でエリック殿下に耳打ちしながら警備兵が消えた通路へと視線を移す。
アムール王家としては現時点で九割方舞踏会で果たしたい目的は達成したと言ってもいいだろう。招待客の反応も上々で同盟解消についても触れられた今……ここまでの流れがエステル王妃の描いた筋書き通りなら、賠償内容やクリスチャンの廃嫡、そしてニコル第二王子の立太子を発表する前のこの瞬間が彼等にとって一番都合が良いはずだ。
薄暗い通路の先から、複数の人影が会場へと向かってくるのが見えた。偶然ではなく完全にエステル王妃の計画通りに事は進んでいると見てもいいだろう。
「今後についてだが、クリスチャンは王籍を抜け――」
「俺は認めない!!!!」
「クリスチャン殿下、お待ちください!」
止めるつもりのない兵達を振り切り、王妃の掌の上で転がされている自覚も無く会場に乱入して来たクリスチャンに視線が集まる。周りに居るのは憲兵隊長のピカードを含む兵士が数名と……。
「あれって」
「……屑が」
痩せこけ、無理やり走らされたのか片足の靴が外れてしまい血塗れになってしまった足を気遣う様子も無く、無表情のまま生気の宿っていない瞳で虚空を見つめるクレアが、ぴたりとクリスチャンの傍に付いている。
以前の様に彼に甘える様子など皆無で、立っているのがやっとなのかふらふらと体を揺らしている。その様はドレスで着飾っている事も相まって、余計に異質に見える。
走った時に乱れたドレスの首元からは、広間のシャンデリアの明かりを鈍く反射する見覚えのある首輪がその忌々しい姿を覗かせていた。
「父上、王太子になるべきなのはニコルではなくこの俺です!!」