「あの可憐な女性は……?」
「なんて美しい魔法なんだ……」
「綺麗……!」
「彼女の横に立ってるなら、幽氷の悪鬼もそんなに悪い奴じゃないのかも……」
「陛下から説明された罪も重かったし、やっぱりクリスチャン殿下が悪いよね??」
本来ならアムールに掛かった欲神の神呪とかなり相性が良いはずの声の異能だが、愛の女神であるフィーネの尽力で「愛欲」以外の欲に関しては神呪の影響が弱まっているのが功を奏した。
ヴァネッサの加護に染まった、他者を魅了する特性を持った炎魔法が優位を取ったことで招待客達からクリスチャンを疑問視する声が漏れ始める。
「な!?」
風向きが変わり始めたのに驚いたクリスチャンが唯一生き残っている憲兵に振り返る。奴が声の異能の主で間違いなさそうだな。
「おい、どうなってる!?」
「え!? いや、私はちゃんと異能を発動して――」
こちらにも聞こえているぞ……相当焦っているな。武闘技大会と同じく、異能の持ち主の動揺に呼応するように招待客達の洗脳が更に弱まっていく。
「声を届け洗脳するのは部下の異能、そして自分の身を守るのは恋人の異能か。王子と言う地位が無ければ、一人では何もできないお前らしいな!!!!」
「洗脳!?」
「確かに、急にクリスチャン殿下が言う事が正しく聞こえ始めた――」
別にあの異能の力などなくても流されていそうだったがな……混乱を極める群衆を掻き分けながら、声を張るのもいい加減疲れてきたのでアムール王家とクリスチャンが集う広間の奥へと進む。
「婚約者を捨ててまで選んだ女性が傷付くのは厭わず、自分だけ守ってもらうなんてアムールの男とは思えないな!!!!」
「……!! そうよ、おかしいわ!!」
「最愛を守らない男なんて男じゃねぇ!!」
受けは悪くないだろうと思って言葉を選んだが効果覿面だな……扇動され易過ぎて逆に心配になる。
「黙れ!! この女はもう俺の最愛でも何でもない!!!! ただの道具だ」
「……は?」
追い詰められたクリスチャンの吠えた内容があまりにも予想外過ぎて言葉が詰まる。
「一人では歩けず、話せなくなっただけでならまだ許せた!! 使い物にならないならせめて体で慰めて貰おうと、当然の権利を行使しただけなのに恩知らずにも俺を異能で拒否しやがった!! こんな女はもう要らない!!!!」
……クレアは上手く体を動かせない状態らしいが、異能で身を守れたという事は意識が鮮明なのか……クリスチャンを拒否したのも、意識があると理解していない彼の発言を聞いたからなら説明が付く。
未だに手当されていない腕の裂傷から絶え間なく血が流れ、自分で傷口を押さえる事も隷属の首輪のせいでままならず、床に血溜まりを作っているクレアは依然として無表情だが……瞳からは涙が流れている。
……異能で防げなかったという事は眠っている隙に隷属の首輪を嵌められたのかもしれないな。
「レイナ!!!!」
クリスチャン殿下が静まり返った広間で叫ぶ。こちらを向いたせいで気付いていないだろう、招待客達だけでなく、先程までは同情的な視線を送っていた父からも汚物を見るような目で見られている事に。
「もう一度俺の婚約者になれ!! お前さえいれば――」
「お断り致します!!」
「くっ、どいつもこいつも何様のつもりだ!! 我儘を言ってないで、お前は今まで通り黙って俺に尽くせばいいんだよ!!!!」
「……由緒正しき武闘技大会を優勝した英傑、幽氷の悪鬼殿! アムールの愛の在り方を見失った国賊を捕えてくれ! 奴を捕えさえすれば……生死と手段については不問とする!」
「父上!?」
実の息子である以上重々しい決断をしたのは理解できるが……ここまで堂々と自国での解決を諦めて俺に頼むとは思わなかった。
だが都合が良い。アムール王の許可が出たなら遠慮する必要はない。
「ヴァネッサ、皆の所に戻っていてくれ」
「加護の効果をまだちゃんと把握できてないんだけど、私が傍に居ないと悪評が流れちゃうかもしれないよ?」
「アムールでなんと思われようとどうでもいい。そんな事よりヴァネッサが巻き込まれて怪我をする方が心配だ」
「……分かった」
本当はヴァネッサが無理をしないかの方が心配だったので、すんなりと願いを聞いてくれてほっとする。反射の異能の対策については事前に共有しているため、俺の代わりに戦うと言われたら正直困ってしまう。
いくら魅了されているとはいえ、ヴァネッサがクリスチャン達を火炙りにしている光景を目の当たりにしたら、招待客達がどう反応するのか分からない。
収納鞄からゴドフリーに譲ってもらった剣を抜いてクリスチャンに迫る。
ヴィーダ王国とアムール王国の今後の関係に響くため、いくら廃嫡されたとしてもクリスチャンに直接引導を渡す事は諦めていたが……人生とは分からないものだな。
「くっ、忘れてないか? 反射の異能がある限りお前の攻撃は俺には効かない!!」
喚くクリスチャンに構わず距離を詰める。
「武闘技大会では何をしたか分からないが、ここであの規模の魔法を使ったら確実に俺以外にも被害が出るぞ!! 聞いたか!? 幽氷の悪鬼はお前らを巻き添えにして俺を捕らえるつもりだ!!!! それだけじゃない、アムール王家全員をこの場で始末するつもりかもしれないぞ!!!!」
クリスチャンに煽られた招待客達が恐慌状態に陥る前に身体強化を掛けて一気に接近する。
「馬鹿め!! 俺に攻撃は――」
「もうあいつの言いなりになる必要はないぞ」
クリスチャンを素通りしてクレアの首に嵌った隷属の首輪に触れた瞬間、彼女を縛っていた首輪が粉々に砕け散った。
脱力したクレアが転倒する前に片手で抱え、何が起こったのか分からない声の異能を持った憲兵の首筋に剣を突き立てる。
ゴポゴポと空気が液体を抜ける不快な音を出しながら藻掻いた後、憲兵の目から光が消えたのを確認して剣を抜き軽く血を掃う。
「何を……!? お前、どうやって隷属の首輪を!?」
抱えた時点でクレアに異能で拒絶されなかったが、まだクリスチャンを守る可能性があるので油断はできない。反射されても問題ないよう試しに速度の低い水球をクリスチャンの顔に放つ。
「ぶはっ! 貴様舐めてるのか!?」
問題なく着弾したな……奴はクレアに完全に見放されたらしい。
「おいクレア!!!! この恩知らずの無能が!!!! 隷属の首輪が無くても俺の事を守れ!!!! 王になる俺の言う事が――」
「うるさい」
クリスチャンの股間目掛けて放った水球が着弾した直後、水球を圧縮して凍らせる。
「ぐぴっ!?」
魔力操作を解くと氷球が圧力を抑えきれず爆散し紅に染まった氷の破片が辺りに飛翔する。クリスチャンは痛みで泡を吹きながらそのまま倒れてしまった。
「どうせ廃嫡された後処理をされていただろうが……陛下、早く治療しないと彼は失血死します」
「!? 衛兵、奴を捕えて治癒術士を呼ぶのだ!!」