「幽氷の悪鬼が死んだから、すぐに王都に戻った方が良いかもしれないです……」
ユウゴはあまり王都に戻りたくなさそうだが……外交の名の下に、日夜行われているであろう両国の腹の探り合いに辟易しているのか? 俺とアルセとの会話でも言葉に詰まる位だ、使節団と共に行動するのは相当居心地が悪いのかもしれない。
「……ユウゴ殿、王都からヒエロ山までどのように移動したのか伺ってもよろしいでしょうか?」
「移動……? えっと、付人のリゲルとジョンを担いで走ってきました」
生身でここまで……勇者の加護は強力だと踏んでいたが、ここまで来るともう出鱈目の領域だな。
「その身一つで、通常であれば馬車でおよそ一月は掛かる旅は堪えたでしょう」
「え? ピンピンして――」
「疲れましたよね??」
念押すようにそう繰り返すと、俺の発言の意図を察したのかユウゴがはっとする。
「ちょ、ちょっとだけ疲れたかもしれないです!」
「アルセ殿」
「そうですね、ユウゴ殿のお連れの方々もまだ目覚めそうにはありませんしそろそろ日没です。幽炎の対策部隊は明日ヒエロ山を発つ予定なのですが、本日は我が隊と休まれていっては如何でしょうか? 幽氷の悪鬼を倒してくださった勇者には相応しくない、簡素な寝床しかご提供できないのが心苦しいですが」
返事を迷うようにこちらに視線を泳がせたユウゴに提案を受け入れろと頷いて合図を出すと、安心した様に口を開いた。
「えっと、すごく助かります……!」
「では、早速隊と合流しましょう」
――――――――
――山を登った時は一人……正確には幽氷の悪鬼と二人だったが、こんな大所帯で下山する事になるとは思わなかったな。
「本当に担ぐのを手伝わなくてもいいのか?」
「うん、またデミトリさんに変な事言い出したら俺が担いでた方が良いと思うから」
先導するアルセと後方に控えた王家の影に挟まれる形でなぜかユウゴと横並びで歩く事になってしまったが、アルセはユウゴに気を遣ってくれたのかもしれない。
ユウゴは俺でも分かる位「勇者」という立場に求められる振る舞いに戸惑っていた、恐らく自分が近くに居ては楽に話せないと判断したのだろう。
「あの、ありがとう……俺が王都に戻りたくないのに気付いてたよね?」
「良く知らない国同士の外交話を延々と聞かされるのは、ユウゴの立場からしたらおもしろくないだろうとは思ったが……そんなに酷いのか?」
「何を言ってるのかは良く分からないけど、ずっと嫌味を言いあってるのを聞かされてるみたいで滅入るんだよね……」
話し合いは順調とは程遠い状況みたいだな……アルフォンソ殿下の事が心配だ。
「俺の事でも揉めてて……」
「ユウゴの事で?」
「一人で旅をしてるのは流石にきついって思われてるみたいで……魔王は人類の敵だから今はいがみ合うべきじゃない、『友好条約を交わして、その証に魔王討伐に同行する英傑をヴィーダ王国は選定するべき』って、使節団の代表がヴィーダ王国の人がどれだけ断ってもずっと主張してて」
俺が魔族と魔王の脅威を見誤っていて、百歩譲って過去の諍いは忘れて手を組むべきだとしても随分と強硬な姿勢だな……。
「一人旅は辛いけど、無理やり俺の仲間にされた人が可哀そうだよ……」
ユウゴは切羽詰まっているのにも関わらず、俺が誘いを断って以降無理な勧誘は続けていない。聖女と賢者を従わせる方法を俺に聞くまで思いつかなかった位だ、無理やり仲間を増やすつもりが無いのは本心だろうな。
「今同行している付人達は臨時だと言っていたが、ガナディア王国も人手不足と言う訳でもないだろう? なぜそんなにヴィーダ王国の人材に固執して――」
「二人は戦えないよ?」
当たり前の様にそう言われて耳を疑う。
「あれだけ大口を叩いていたから、ユウゴ程ではなくともある程度戦えるとばかり……」
「どこの貴族なのか名前が思い出せないけど、二人共使節団に文官として入ったエリートで偉い人の息子らしいよ? 俺がこの世界の常識が分からないから目付け役として同行させるって代表に言われた」
王都を離れても問題ないと判断されたと言う事は、リゲルとジョンは外交の中枢を担うような立場の人間でもないだろう。
ユウゴの言う通り彼等が高位貴族家の子息だった場合……使節団に加わったのも経歴に箔を付けるためで、天啓を授かった勇者の旅に一時的であっても付き添ったと言う実績作りのために、ユウゴがどこぞのぼんぼん達のお守りを押し付けられた様にしか聞こえないが……。
「……なるほど」
「中途半端な力じゃ魔族に対抗できないって、イゴールさんの事があってから決まったみたいで――」
イゴールだと……!?
「わ、大丈夫!?」
「デミトリ殿!?」
「すまない、すこし魔力が乱れたがもう大丈夫だ」
心配そうにこちらに振り返ったアルセに手を振り、深呼吸を繰り返す。
「もしかして知り合いだったの……?」
「家名は……覚えていないか」
「ごめん……」
「俺よりも明るい青髪、似た背丈、そして炎魔法を扱う貴族なら恐らく俺の……知っている者だ」
「そう、だったんだ……」
気まずそうに俯いてしまったユウゴの様子に困惑していると、何かを決心したような表情でユウゴが顔を上げてこちらに振り向いた。
「俺のせいで……イゴールさんは死んだ」