「……なんて言われたの?」
「いや、無理に話す必要は――」
「大丈夫よデミトリちゃん。ここまで話しておいて『それは言えない』なんて言ったら余計気になるでしょ?」
「だが……」
「ごめん、空気読めてなかった……」
反省するユウゴの横で思い出しながら怒りが湧き上がって来たのか、レオの手が固く握られ微かに震える。
「実力が無い癖に私に体を差し出してパーティーに入れてもらって、不当に冒険者の等級を上げてるだとか……聞くに堪えない戯言をさも事実の様に言いふらされたの」
静かに怒りに燃えるレオから、一瞬だけ強烈な魔力の揺らぎを感じ咄嗟に身体強化を掛ける。今までにない凄味を感じたが……大切な仲間を侮辱されて、相当腹に据えかねる思いがあるのは想像に難しくない。
「何人か私が締めてなんでそんなことを吹聴してるのか問いただしたけど、かわい子ちゃん達と旅する私への嫉妬だったり、告白して振られた腹いせ、白金級の私達への妬み……くだらない理由ばかりだったわ」
俺達を気遣ってか、重い内容にも関わらずレオは努めて明るい口調で話しているが……その姿が逆に痛々しいな。
「酷いな……」
「あり得ない愚か者達だ」
「キモ過ぎ……そんな人って本当に居るんだ……」
三者三様の反応を返したが、俺もアルセもユウゴもレオから共有された内容に同情を禁じ得ない。
「私なりに色々と試したんだけど結局無理だったわ。噂を吹聴してる人間を一人ずつ締めても焼け石に水だし、私が女の子に興味ないって思われたら少しはやっかみも減るかもしれないと思って口調も変えたんだけど、今度は私まで男の子から言い寄られるようになっちゃって……笑っちゃうでしょ?」
全くもって笑えないんだが……。
「レオ殿、辛いのであれば我々の前では話し方を偽る必要は無い」
「気を遣ってくれてありがとうアルセ様。でも一回抜けちゃうとこの話し方に戻すのが大変だから、このままでいいわ」
「そうか……あまり効果が無いのであれば無理をする必要は無いと思うが……」
「この口調は違う方面で役に立ってるの」
違う方面……?
「冒険者なんていつ死ぬか分からないじゃない? それを理由にお付き合いを申し込まれても断ってたんだけど、『あなたが死んだら私も死ぬから大丈夫』って言い出す子まで出て来て……口調を変えて女の子に興味が無い振りをし出してからはそういう手合いから勝手に幻滅されたから、今のままの方が楽なの」
「「「……」」」
勇者の魔王討伐の使命の同行者に選ばれた、冒険者としての最高峰である白金級まで上り詰めワイバーンに掴まって移動できる豪傑。そんなレオが口調を変え服装まで変えなければならない程追い詰めているのが、人の行いというのは……。
魔物や魔獣が存在するこの世界でも、前世と同じくげに恐ろしきは人の業というのは変わらないらしい。
「勝手に代表して宣言してしまって申し訳ないが、俺達はレオちゃん達を困らせた人間の様な下卑た真似はしないから色々と無理をしないで欲しい」
「その通りだ」
「うん!!」
「ふふ、その気持ちだけでも十分よ。本当にありがとう」
……白金級の冒険者は冒険者ギルドにとっても早々に手放したくない人材のはずだ。何も対策をしていないとは思わないが……本当にどうしようもなかったのか?
「その……仲間に対する中傷が無ければレオちゃんが冒険者を続ける道もあり得るのか?」
「どうかしら……そんな事そもそもあり得ないと思うの。人数が限られる白金級の冒険者ともなると、どうしても冒険者ギルド内外で注目されちゃうから……」
冒険者ギルド内だけならともかく、ギルド外も絡んでくると難しいか……。
「どの道長く続けるのは無理だったと思うわ。他の白金級の冒険者達も似たようなやっかみを受けてるだろうし、私が特別繊細だったのかもしれないわね」
「そんな事ないだろう……益々等級を上げたくなくなったんだが……」
色々と思う所があるのか、俺の発言にレオが微妙な表情をしながら頬を掻く。
「……白金級は冒険者なら誰しもが自分を高めるために目指すべき境地だってずっと思ってたけど、確かに諸手を挙げて勧められないかもしれないわね」
「有名税みたいなやつか……」
ぼそっとユウゴが呟いた単語にアルセが反応する。
「有名税……言い得て妙だな。確かに、地位や名声には少なからず賞賛だけでなく妬み嫉みが付き纏うものだ」
貴族家の嫡男であるアルセも、レオ程ではないにせよ似たような経験が今まで有ったのかもしれないな。
「そう言う意味ではユウゴは勇者だしデミトリちゃんは二つ名持ち、アルセ様は貴族家の嫡男。みんな遅かれ早かれ似たような経験をするかもしれないわね」
「不吉な事を言わないでくれ……」
「心構えは早めにしておいた方が後々楽よ! それに同じ悩みを共有できる仲間がいるだけ私よりもましよ!」
「えっと、魔王を討伐するまでの間だけかもしれないけど俺達仲間だから! 何かあったらレオも俺に相談して」
「ふふ、ありがとユウゴ。お言葉に甘えさせてもらうわ」
優しい表情をしながらレオが返事しているが……相談するつもりはなさそうだな。
良くも悪くも色々と経験して割り切ってしまっているような、達観した雰囲気を纏ったレオの姿を揺らめく焚火越しに見ながら深くため息を吐く。
――有名税か……。