「ごめんなさいね! 辛気臭い話は終わりよ!」
レオが思い切り両手を叩き、鼓膜が破れるのではないかと心配になる爆音が鳴り焚火の炎が揺れる。
「デミトリちゃん、ちょっと手合わせしましょ」
「急に何を――」
「つべこべ言わない! 説明は歩きながらするわ!」
唐突に立ち上がった上がったレオがヒエロ山方面へと歩き始めたので、アルセとユウゴと顔を見合わせてから慌てて後を追う。
終始明るい態度を貫いていたが先程話した内容はかなり重苦しい物だった……体を動かして気分転換をしたいのなら理解できるが、何故名指しで俺と手合わせを――。
「デミトリちゃん。あなたの筋肉……泣いてるわ」
……んん??
「すまない、意味が――」
「ユウゴに幽氷の悪鬼の死体を見せてもらって、デミトリちゃんからも話を聞いて確信したの。あなたは筋肉との対話が足りてないって」
レオは一体何を言っているんだ……?? ある程度野営地から離れた位置で立ち止まり、雪原からレオが何かを拾い上げる。
「アルセ様とユウゴは少し離れてて」
「レオ殿、デミトリ殿は幽氷の悪鬼と戦ったばかりだ。あまり激しい手合わせは――」
最初からアルセの傍に居たのではないかと錯覚しかける程素早い身のこなしで移動したレオが、聞き取れない声量で何やらアルセに耳打ちした。
「……下ろうユウゴ殿。レオ殿、デミトリ殿の事を頼んだ」
「え!? わ、分かった」
「許可も下りた事だし思いっきりやるわよ! はい」
「わっ、と」
先程立っていた位置まで戻ったレオが軽々しく片手でこちらに投げた岩が宙を舞い、顔面に直撃する前に何とか受け止める。
「手始めにその石を握り潰して」
「危ないだろう!? 大体そんな事出来るわけが――」
「デミトリちゃんなら出来るわよ?」
間髪入れずそう言われ困惑する。何を根拠に……いくら身体強化を掛けたとしても素手で石を握り潰すのは常識的に考えて無理だろう……。
「……レオちゃん、付人達の前で石を握り潰していたのを見たがあんな芸当俺には無理だ」
「試そうともしないなんて思ったよりも重傷ね……一旦その石は置いていいわよ」
呆れ気味にそう言い放ち柔軟体操を始めたレオの発言の意味が分からず、取り敢えず岩を掴んでいた指から力を抜く。
「手加減するけど、本気で防御しないと死ぬわよ」
「何を……っ!?」
俺の手から零れ落ちた岩が地面に到達するよりも早く、目前まで急接近したレオから発せられた魔力の揺らぎの強大さに心臓が凍る。
こちらに向かって踏み込み構えを取ったレオの攻撃を避けられない事を察し、全ての魔力を身体強化に注ぐ。ぎりぎりの所で体を守る為に両腕を上げる事に成功したが、途轍もない衝撃を受けた体は数秒浮遊した後地面に落ち激痛に襲われた。
「デミトリ『さん』『殿』!!!?」
「がはっ、ごほ……!」
着地したのは雪の上か……? 肺から無理やり押し出された空気が喉に残した違和感、全身の痺れと攻撃が直撃した腕の痛みに悶えながらとにかく自己治癒を発動する。
「治療しないと」
「手を貸しちゃダメ!」
「だが――」
少し遠くで話し合うレオ達の声が聞こえる。眩暈で視点が定まらない中ぐらつく体を無理やり起こすと、ぼやけた視界の先でアルセとユウゴがレオに止められているのが見える。
「ぐっ……」
レオの拳を受け止めた体の痺れはまだ抜けていないが骨は……幸い折れていないさそうだな。アルセとユウゴに心配させないため身体強化を掛けながら無理やり立ち上がり、服に付いてしまった雪を掃う。
「ほら、ぴんぴんしてるでしょ?」
「勝手に決めつけないでくれ……!! 死を覚悟したぞ……」
「大袈裟言わないの!」
本当に恐ろしかった。下手をすると、幽氷の悪鬼と対峙した時よりも命の危機を感じたかもしれない。
「手加減してたとは言え、私の攻撃を受け止めてその程度で済んでるあなたが石ころ程度握り潰せないはずが無いの」
いつの間に拾ったのか、明らかに小石と呼ぶには大きすぎる岩を片手で持ったレオがこちらに近付いて来たので、また攻撃をされても反応できるように身構える。
「幽氷の悪鬼を相手にした時は魔法だけでなんとかしたみたいだけど、いつか魔法が通じない相手に必ず遭遇するわ。その時頼れるのは自分の肉体だけよ! だからちゃんと体とも対話しましょ」
さっきから体との対話と言っているが何のことだ……??
「デミトリちゃんの体は泣いてるわよ? ずっと傍に居るのに無視されてるって。やる前からできもしないって決めつけられてて悲しいって言ってるわ!」
「いや、本当に意味が――」
「鍛えた筋肉はいつもデミトリちゃんの期待に応えてあなたの事を裏切ったことがないでしょ!? だったら信じてあげるのが礼儀よね? はい岩を握り潰して!」
戸惑いながら、実際試してみれば納得してもらえるだろうと思い手渡された岩を持つ手に力を入れる。
「な……!?」
抵抗はあったが、思いの外簡単に握った拳の中で砕けた岩の残骸を見つめながら絶句する。
「ほら、出来るって言ったじゃない! 大体並の魔物なら一撃でへし折っちゃう私の、それなりに本気の一撃を受け止めてもぴんぴんしてるんだから。それくらいできないわけがないのよ」
「……ちょっと待ってくれ、手加減したと言ってなかったか??」
「してたわよ? それなりに本気って言ったじゃない」
あれで手加減をしていたなら全力を出したらどれだけ強いんだ……。